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ラフレシ庵+ダブルメガネ


家族ごっこ10

2019/11/23(Sat)13:58





ようやく家族ごっこの続き更新です。待ってくださった方がいらっしゃったらお待たせしました!いよいよ悠君が中学生です。主花成分が増してきていると思うので、楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
素敵な表紙イラストは屋根さんが描いてくださっています。しあわせそうな二人に私もウキウキして更新を頑張れました^^

次回イベントは来年2月のアナコンの予定です。
何にもネタがまとまらなくて焦っているところです…新刊が何もなかったらすみません;

本文は↓の続きからどうぞ。




 桜の花びらがひらひらと気まぐれに舞っている。
 ピンク色の絨毯を踏みしめて、大好きな陽介と一緒に歩ける幸せを噛みしめていた。
 お父さんと一緒に住んでいた頃に何度も何度も陽介のことを考えていた。会いたい。陽介といっぱいおしゃべりしたい。陽介が笑った顔が見たい。
 陽介に会いに行きたいと何度も何度も思った。だけど僕が陽介の傍にいると、陽介がいっぱいイヤなことを言われちゃう。そんなのはイヤだからガマンしてお父さんの所にいた。もう陽介とは会えなくなるんじゃないかって思っていた。
 だからまたこんな風に一緒に暮らせるなんて夢にも思わなかった。それに好きって気持ちを伝えることができて、陽介も僕のことが好きだって言ってくれて、天にものぼるような気持ちだった。今でもまだ夢の中にいるんじゃないかって思う時がある。

 陽介があまりにゆっくり歩くから、ドキドキしながらその手を引いた。僕たちは両想いだから手を繋いでも良いんだよね? 手に汗をかいてないかな。陽介のスーツから大人っぽい良いにおいがしてドキドキした。
「ほら陽介、あんまりゆっくりだと遅刻するよ」
手の熱さを誤魔化したくてそう言うと、陽介が僕を見て目を細めたからドキッとした。
「んー。なんだか悠の制服姿が眩しくてさ」
 そう言って俺の学ランをじいっと見ているから何だか照れくさい。
 ピカピカの学ランは僕にはブカブカで大きすぎる。陽介に「これからもっと背や手足が伸びるからこれで良いんだ」と言われたけどピンとこない。
 小学校の時はクラスで真ん中くらいの背の高さだった。毎日牛乳を朝と風呂上がりに飲んでいるし、もっと大きくなって陽介と同じくらいの背の高さになりたいな。
背ばっかりじゃなくて、もっと勉強して、世の中の色々なことを知って、陽介を守れるような人になりたい。お父さんとのことがあってそのことを強く感じた。僕はまだ子どもで、大人の力を借りないと問題を解決できないんだって。
 前は僕のことでお金をかけて陽介にこれ以上苦労はかけたくなかったから早く自分で働けるようになって、陽介に美味しいご飯を食べてもらえるようにたくさんの料理を作れるようになりたいと思っていた。だけど今はそれだけじゃ足りないような気がしている。だけど具体的にどうしたら良いのかまだわからない。
「あっ忘れてた!」
 陽介は立ち止まると、胸ポケットから何かを取り出して、それを僕に差し出した。
「はい、これ。入学おめでとう、悠」
「え?」
 受け取ると、それは新品のスマートフォンだった。
「えと、これ…良いの?」
 顔を上げて陽介を見ると、「もちろん」と陽介は頷いた。
「この中学、部活必須だろ。帰りが遅くなるときは必ず連絡を入れること。あと、歩きスマホは危ないから絶対やらないこと。良いな?」
「うん。ありがとう。大事に使う」
 グレー色のスマートフォンの使い方を簡単に教えてもらった。これでいつでも陽介と連絡が取り合えると思うとじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
「時々メッセージを送っても良い?」
「ああ、もちろん」
 そう言って、メッセージアプリで陽介がスタンプを送ってくれた。柴犬のイラストと「ヨロシクワン」というメッセージ。
 それに応えたくて、いくつかあるスタンプの中から握手のスタンプを選んで送った。
「目の前にいるのにヘンな感じだな」
 そう言って、陽介が笑った。僕もつられて笑った。
「あっ、やっべー、時間!」
 陽介に言われてスマートフォンの画面を見ると、もう入学式が始まる時間だった。
「急げ!」
 陽介と手を繋いで走ると、息をきらして陽介がついてくる。
「ほら、陽介、遅いよ」
「ちょ、俺の年、考えたげて……つか、俺のことは良いから、先に行け……っ」
「あはは。一緒に頑張って」
 何だか楽しくなってきて、無理矢理陽介の手を引っ張って、桜の舞い散る中、坂を登ってふたりで中学校の門をくぐった。




 その日は入学式と部活紹介があって、放課後に部活見学ができた。もし料理部があったら迷いなく入っていたけれど、あいにく中学には料理部がなかった。なので、いくつか部活に見学に行ってみた。
 運動部だったらサッカー部かバスケ部、文化部だったら演劇部か管弦楽部に興味があった。
 それぞれのところで話を聞いてみると、運動部は土日に試合があったり、ユニフォームや靴などにけっこうお金がかかるらしい。管弦楽部は楽器を貸してくれるけど、全国大会を狙うくらい毎日練習を遅くまでやっているらしい。
 一方で演劇部はわりと練習時間が短くて、道具や衣装はもともとあるものをほとんど使うらしいので、それなら気軽にやれるような気がして、入部することにした。


 仮入部の手続きをしに演劇部の練習場所に行くと、先輩たちは劇の練習をしていた。
 練習を黙って見学していると、教室のドアを引いて、見知った顔が入ってきた。ふわふわとした髪をゆるく編んでいる。
 隣の席に座ったから声をかけた。
「美々ちゃん、私立の中学に入ったんだと思っていた」
 すると美々ちゃんは僕の顔をにらんだ。
「私立は受からなかったの! デリカシーないこと言わないでくれる?」
「そうなんだ。ごめん」
 謝ると、美々ちゃんはツンと顎を上げた。
「ま、別にどうしても入りたいわけじゃなかったから。ママがその方が後々ラクだって言うから仕方なく勉強しただけだし」
「ふうん」
「でも制服だけはあっちの学校の方が断然可愛かったなあ。ネイルとかも自由みたいだし」
 セーラー服のスカートをつまらなそうに見ている。
「そう? 美々ちゃん、セーラー服、似合っていて可愛いよ」
 そう言うと、美々ちゃんは僕を見て、キッと眉をつり上げた。
「気が無いクセに悠君ってどうしてそういう、っていうか普通にしゃべってるし……ああ、もう良いわ」
 ふうとため息をついて、美々ちゃんは自分の膝にひじを置いて顔を支えた。
「それで、どうなの? 最近」
「最近?」
 何か変わったことはあっただろうか。考えていると、美々ちゃんが「だーからー」と声を荒げた。あんまり大きな声を出すと、先輩の練習のジャマになっちゃうと思うんだけど。
「悠君は好きな人とうまくいってる?」
 そう言われて、かあっと頬が熱くなった。
「うん。好きだよって伝えたら、陽介も僕のこと好きだって言ってくれた」
 思い出すと胸のところがかあっと燃えるように熱くなる。
「じゃあその人と付き合ってるってこと? 家族なのに」
「そう…なるのかな。よくわかんない」
 なんだか気恥ずかしくて、あんまりそういう話を陽介とできないからハッキリと聞いたことはない。でもキスしたし、僕の気持ちはちゃんと伝わったよね?
 僕の顔を見ながら美々ちゃんは何かマズいものでも食べたような顔をした。
「えー…じゃあその人、ショタなわけ?」
「ショタってなに?」
 僕がたずねた瞬間、「新入生。練習を見ないなら外に出て」と先輩に注意されてしまったので、慌てて「すいません」と謝った。
 美々ちゃんは小声で言った。
「まあ良いわ…今日、悠君ちに行くから」
「え、なんで」
 ニンマリと美々ちゃんが笑って言った。
「確かめるのよ。その人がどういうつもりか」



 部活見学が終わって家に帰ると、美々ちゃんは言葉通り僕の家までついてこようとする。断っても走っても振り切れず、結局アパートまでついてきた。
 美々ちゃんと一緒にいて、陽介にヘンなゴカイをさせたくないのにな。美々ちゃんは帰ってほしいって伝えても全然聞いてくれない。仕方ないから諦めてリビングで一緒に宿題をして陽介が帰ってくるのを待った。
「ただいまー」
 陽介がスーパーの袋を持って帰ってきた。美々ちゃんに気付いて、目を丸くしている。
「お客さん?……あっ、元カノの、たしか美々ちゃんだよな? いやあ、女の子って成長早いよなー。なんだかすっかり女の子らしくなっちゃって」
 スーパーの袋に入っているものを冷蔵庫に入れながら陽介は顔を傾けた。
「あれ、でもなんで一緒に? 付き合っていたとかそういうの、ふたりとも気にしないタイプだっけ」
 そう問われて、どう答えたら良いのかわからなくて美々ちゃんを見た。美々ちゃんはただ陽介の様子を伺っている。
「……あー、もしかして、ヨリを戻した?」
 よりを戻すって、つまり、僕と美々ちゃんがまた恋人同士になったってこと? 慌てて誤解を解こうとしたら、美々ちゃんは僕の腕に寄り添って、にっこりと微笑んだ。
「そうです」
「ちょっと、美々ちゃん何言ってるの」
「良いから」
 美々ちゃんは小声で僕の言葉をさえぎった。
「陽介、ちがう。ちがうから」
 弁解すると、陽介はニヤリと笑った。
「恥ずかしがらなくても良いだろ。つか良かったじゃん、悠。美々ちゃんみたいに可愛い子とまた付き合えて」
 何かお菓子とかあったっけ。女の子だったらせんべいよりクッキーの方が良いのかな。クッキーだったらコーヒーか紅茶だな。そんな風に言いながら、陽介は僕たちのことを気にしてもいない。ふつふつと怒りがわいてくる。
「陽介なに言ってるの。僕の気持ち、知っているくせに何でそういうこと言うの」
「んあ? なあ美々ちゃん。コーヒーって飲める?」
「全然脈ナシじゃないの。陽介さん、お構いなく。夕食前に食べて太りたくないんで」
「そんなことないもん。だって、陽介、僕のこと好きって言ってくれた」
  陽介は不思議そうな顔で僕を見ている。だんだん不安がつのってくる。僕の勘違いじゃないよね?
「だから、僕は陽介が好きって言ってる! 美々ちゃんとは何でもないよ! 陽介も僕のこと好き、だよね…?」
 おそるおそるたずねると、陽介は目を丸くした。
「ええ? そりゃ家族だし悠は特別だけどさ。けど、家族の好きと異性の好きは違うだろ」
 陽介の言葉に頭をガツンと重いものがぶつかったみたいな感じがした。
 陽介は僕のことが好きじゃない? じゃあ今まで、どういうつもりだったの? なんかゴチャゴチャしてよくわからなくなってきた。
 クスクスと美々ちゃんが笑った。
「ほらね。悠君の勘違いだった」
 言い返す言葉も見つからず、頭の中が沸騰して真っ白になった。
「…陽介の…バカッ!」
 頭がパンクして、思わず家を飛び出してしまった。


[newpage]


 悠が家を出ていってしまい、俺と美々ちゃんだけが取り残されてしまった。
「おい、どこ行くんだよ。え……なんなの。意味わかんねえ…」
 いつの間にか美々ちゃんが俺を見上げていた。
「陽介さんって鈍感。悠君、本気で陽介さんのことが好きなんですよ。もちろん恋愛的なイミで」
「え……ええ?」
 そう言われてみると、悠がイミわかんない行動をとっていた合点がいく。
 悠は父親の元から戻ってきてから急に俺にキスしてきたり、手を繋ぎたがったりするようになった。
 それは家族から受けられるはずの愛情を得られなかったから、それを埋めるための代償行為なのだと思っていた。父親に受けたキズを癒すためだったら何でもしてやりたい。だから悠が満足するまで好きにさせてやろうと思っていた。でもどうやら違ったらしい。
 悠が俺のことを恋愛的な意味で俺に好意を抱いている?
「そう言われたってなあ…ナイだろ」
 俺と悠が結ばれるなんてことは絶対あり得ない。だって、男同士だし、年の差だってあるし、何より俺と悠は家族なんだから。悠に対してちょっと胸は痛むけど、悠の気持ちには応えることはない。それだけは確かだ。
「ですよね。ああ、良かった。陽介さんがショタとかヘンタイだったら通報しようかなって思ってました」
 そう言われて、じわりと服の下で汗がにじんだ。そういう勘違いを受けることは今まで多々あった。だけど、悠が本気なのだとしたら、それは勘違いだと弁解するのも難しくなるということだ。
「ないよ。どんなことがあったって、悠とだけは」
 そう答えると、じっと俺の目を美々ちゃんが見た。子どものくせにぜんぶを見透かすような大きなツリ目がちょっと怖い。
「なんかそれって言い訳してるみたい。大人だからって悠君の気持ちに本気でぶつかってない感じ」
 言われてその通りだからグサッと胸に突きささった。だけど今の状況で悠の気持ちを受け入れることは絶対にあり得ないから仕方ない。
 何か言いたそうな顔をした。だけど、急に表情を和らげると、頬杖をついてにっこりと微笑んだ。
「じゃあ私ならどうです?」
 これはからかわれているんだとわかった。
「いやいやいやー、こんなおじさん相手にそれはナイでしょ」
 思わず鼻で笑ってしまったら、彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「もう、そうやって子ども扱いするから悠君、怒っちゃったんじゃないですか!」
「そんなこと言ったって、悠は俺にとって子どもみたいなもんだし」
 小さな頃から悠の成長を見守ってきたんだ。それが急に恋愛って言われたってピンと来るわけがない。だいたい悠の年頃の恋愛なんて、すぐに燃え上がってちょっとのことですぐに冷めてしまうような儚いものだ。大人の俺がそんなものにいちいち付き合って振り回されたくない。
 ジト目で美々ちゃんが言った。
「あーあ、なんだか悠君に同情しちゃう」
 美々ちゃんは通学用のリュックを持って立ち上がった。
「わたし達のこと、子どもだからってバカにしないで。悠君の好きって気持ち、真剣なんだから、あなたもちゃんと真剣に応えなさいよ!」
 そう言い残して、美々ちゃんは俺の顔も見ずに帰っていった。正論すぎてぐうの音も出なかった。



 誰もいなくなった部屋で美々ちゃんが別れ際に言われた言葉が妙に胸に突き刺さった。だけど、悠がもし本気で俺のことが好きだとしても、その気持ちだけには応えることができるわけないじゃないか。
 でも、美々ちゃんに言われた通り、自分に言い訳しているみたいで、なんだか胸がモヤモヤした。


 悠がいつまでも帰ってこないので、悠の電話番号にかけてみたが電話に出ない。心配になって実家に電話してみた。悠の父親は今はまだ服役中だからまた攫われるということはないだろうが、万が一ということもある。
 母親が電話に出た。
『悠ちゃん、こっちに泊まりたいって来たわよ』
 それを聞いてホッとした。
『陽ちゃん、また悠ちゃんに何かデリカシーのないこと言ったんでしょう』
 悠に怒った顔で「陽介とケンカして、しばらく会いたくないから泊めてください」と言われたらしい。
 昔からそうなんだからと言われて、追い打ちをかけられた気分で、さすがに否定できなかった。
「ごめん…悪いけど、しばらく悠のこと頼む。近いうちに迎えに行くから」
 これから悠に対してどういう態度をとったら良いのか俺にもわからない。しばらく時間を置きたい。
 俺の言葉に母さんは何か感じ取ったらしく、それ以上は小言を口にしなかった。
『構わないわよ。うちは悠ちゃんだったらいつでも歓迎だから』
 そう応えてくれてほっとした。
 通話を切ってから、思わずため息がもれた。
 親に自分の色恋のことなど相談できない。かと言って、そんなことを言えるような友達の顔が誰も浮かばない。
「…俺、成長しないな」
 大人になったらもっと何でもスマートにできるようになるのだと思っていた。だけど全然うまくできない。守りたいのに大事な人をいつの間にか傷つけていた。知らず知らずのうちに悠への接し方を間違えたんだろうか。
 自己嫌悪で胸が苦しくて、でもどうしたら良いのかもわからなくて途方にくれた。





 ママさんがあったかいココアをいれてくれた。ママさんのココアはいつも砂糖と牛乳が入っていて甘くてホッとする。
 ママさんは正面に座って頬杖をついて僕を見た。
「陽ちゃんと何かあったの?」
 恋愛について知っているママさんなら良いアドバイスをくれるかもしれない。
「僕のきもち…メイワクなのかな」
「悠ちゃんの気持ち?」
 うんとうなずいて、ママさんに全部話した。陽介が好きだってこと。陽介も僕のことを好きだと思っていた。でも違ったっていうこと。話すたびに胸がズキズキと痛くなる。
「僕、陽介のために何でもしてあげたい。陽介を笑わせたい。でもこの気持ち、陽介にはメイワクなのかなあ」
 この気持ちが受け入れられないなんてちっとも思っていなかった。陽介も僕のことが好きなんだって思っていた。でも違った。
 どうして陽介は僕のことが好きじゃないんだろう。今なら美々ちゃんとお別れした時の美々ちゃんの気持ちがちょっとだけわかる。自分の胸を満たす心が赤ちゃんみたいにイヤだイヤだと泣き叫んで大暴れして、ぎゅっと痛い。
「そう…」
 ママさんは僕を見て、眉を寄せて困ったみたいな顔をした。
「…僕が陽介を好きだと、ママさんも困る?」
 心配になって聞くと、ママさんは「あら、そうじゃないのよ」と首を振った。
「悠ちゃんの気持ちは誰にも否定されるものじゃないわ。けどね、陽ちゃんは複雑だろうなって」
「陽介が?」
 ママさんは頷いた。
「だって悠ちゃんのこと、自分の家族だと思って育ててきたのよ。周りから悠ちゃんをイタズラするために引き取ったんじゃないかって疑われながらもね」
 そう言われてドキッとした。パソコンで見た陽介の悪口がいっぱい書かれていた内容にも今思えばそんな内容が書かれていた。
「だから陽ちゃんがたとえ悠ちゃんのことを好きでもね、悠ちゃんの気持ちには応えられないんじゃないかしら」
 陽介が僕のせいでなにか言われてイヤな思いをしたり傷ついてほしくない。それにもし陽介が僕のことを好きで両想いになれても、陽介と僕はぜったいに恋人同士にはなれないんだ。陽介は僕からの気持ちを受け取ることができないんだ。
 そう気がついたら、涙があふれてきた。
 陽介が大好きだ。陽介のためなら何でもしてあげたい。でも今はそれじゃ足りない。陽介からの気持ちが欲しい。僕はいつからこんなにワガママになったんだろう。
「あらあら…悠ちゃん、辛いことを言っちゃってごめんなさいね」
 首を横に振った。ママさんが教えてくれなかったら僕は大事なことにきっと気づけなかった。
 ママさんは僕の横に座って背中をさすってくれた。
「僕…どうしたら良いんだろう…っ、陽介を傷つけたくないのに、僕…」
 陽介にも僕を好きになってほしい。だけど同じくらい陽介のことを守りたい。僕は自分ののぞみをふたつとも叶えられないのかな。陽介の傍にいられないのかな。
「陽ちゃんのことが本当に大好きなのね」
 ママさんは隣に座って、僕の背中をさすってくれた。涙がぼろぼろと溢れてしまう。ティッシュで涙と鼻水をふいた。
「そうね…もし悠ちゃんの気持ちがあと6年…いえ10年以上変わらなければ、状況も変わるかもしれないわ」
「10年?」
 ママさんは静かに微笑んだ。
「そう。悠ちゃんが仕事について、一人前の大人になったら、きっと誰も何も言わなくなるわ。大人同士のことなんだからね」
 そう言われて、光がさしこんだ気がした。僕が大人になって、陽介を守れるくらい強くなったら、もう陽介のことを悪く言う人はいなくなる?
「…僕、ガマンする。陽介を困らせるようなことは言わない…できるだけ」
 ママさんは僕の頭をなでてくれた。もう中学生だから、子ども扱いされるのはちょっぴり恥ずかしい。
「悠ちゃんは優しい子ね。私はどんな風になっても悠ちゃんと陽介がしあわせであるのが一番だって思っているわ」
 ママさんの言葉にうなずいた。ママさんの言葉はココアみたいに優しいな。
 ココアを飲み干すと、鼻をすすって、ほうっと息をはいた。



 同僚にもこんな身内ごとはさすがに相談できなくて、モヤモヤとした気持ちを抱えたままフロント業務についた。
 もうすぐチェックインの時間なので今日の宿泊予定のお客様の名前を確認する。今日は商店街で街興しイベントが行われるため、いつもよりお客さんが多い。
「あれ、これ…」
 宿泊リストに妙に懐かしい名前がある。偶然の同姓同名だろうか。
「チェックインをお願いします」
「あ、はい。ようこそ当ホテルへ…」
 声をかけられて慌てて顔を上げてみると、高校生の頃の面影が残る顔が目の前にあった。
「一条…!」
 偶然の同姓同名じゃなく、そこには紛れもない一条本人が立っていた。
「しーっ」
 なぜか一条は俺の目の前に顔を寄せて一本指を立てた。なぜ一条がこのホテルに泊まりに?
「ここに仕事で来てるんだ。俺とお前はまったく初対面同士ということにしてくれ。後で説明するから。頼む…!」
 よくわからないけど、そうした方が都合が良いというならお客様をもてなす側としてはそうするしかない。咳払いをして、初めてのお客さんという体で振る舞った。
「ええと、一条様、ご予定は二泊三日でよろしいですね」
「そうです」
 言いながらも一条はホテルの中をきょろきょろと見ている。
「ではこちらに住所とお名前をお願いします」
 宿泊カードに書いてもらった住所を見ると、一条は東京の高級住宅街に住んでいるようだ。それにスリーピースのスーツは既製品じゃなくて、ちゃんと仕立てたものみたいで良い生地に見える。一条って何の仕事をしているんだろう。高校を卒業したらイギリスに留学するって聞いたけど、高校以来会ってなかったからその後どうしていたのか聞いていない。
 一条に「メモ用紙をもらえる?」と尋ねられたのでメモ帳を渡すと、一条はサラサラと万年筆で電話番号を書いた。
「明日の夜、連絡をくれ」
 小声でそれだけ言われて、近くに三井さんがいたので返事もできず、ニコリと笑顔だけ返した。


 次の日の夜、一条と電話で約束して会うことになった。
 ちょうど悠が俺の実家にいるから家を空けるのに問題はなかった。飲み屋のカウンターで肩を並べると、とりあえずビールのジョッキで乾杯した。
「おつかれ」
「久しぶりだなあ。花村とは高校以来だから、もう10年以上経つんだな」
「やべえ、もう俺らすっかりおじさんじゃん」
「中身は大して変わってないのにな」
「本当にそれ」
 ふたりで苦笑いして、焼き鳥や枝豆などをつまみに最近の近況をお互いに話した。
「で、視察ってどーいうことだよ」
 横にいる一条をどつくと、高校の時と変わらない屈託のない笑顔を見せた。
「ここだけの話、うちのグループが花村が勤めているホテルを買収しようっていう話があって。俺はいくつかのホテルを見て回っているってわけ」
「うちのグループって?」
「桐条財閥は知っているだろ。俺、その財閥の傘下の会社の役員をしているんだ」
 言いながら、胸ポケットから名刺を出して見せてくれた。さすがに桐条財閥は俺でも知っている。戦前からある財閥で戦中は武器を製造していて、様々な研究もしている。そういえば修学旅行で行ったでかい学園が桐条の作った学校だったはずだ。とにかく幅広い分野で桐条は世界に名の知られたグループだ。
 名刺に書いてある会社名はホテル業界で働いている者なら誰でも知っている会社だ。桐条の傘下だとは知らなかったけど、かなりお高い料金だけどサービス満点のホテルを全国と海外に展開していて急成長している会社だ。
 そのホテルが地方にあるちょっと落ち目のホテルを買い取ってリニューアルし、そちらも盛況になっているというのを聞いている。
「ちょ、じゃあ俺たちのホテルも吸収されちゃうのか?」
 思わず声を上げると、慌てて一条がシーと指を立てた。
「そうなるとしてもまだまだ先の話。まずは下見の段階だし、吸収されても従業員はそのまま雇われるし。悪いことにはならないよう徹底的に調査分析と面談はするから」
 そう言われても納得はできない。
「まあ俺は下の優秀な人たちに担がれて、視察っていっても言われた通りのことを調査するだけなんだけどね」
 一条はハハハと苦い顔で笑った。役員なんて待遇なのにあまり仕事が充実しているって感じには見えない。
「なんかあった?」
 思わずたずねると、一条は前を向いたまま「別になんかあったっていうわけじゃないんだ」と明るく言った。
「一条って桐条とか南条の分家でさ、優秀な人物が出てこなくていまいちパッとしなくて。その分、俺や妹にもおばあさまからの期待は大きくてさ」
 一般家庭の俺には想像がつかないが、確かに高校の頃から一条の話し方とか仕草に育ちの良さを感じていた。厳しく育てられたんだろう。
「俺は養子だからよけいにその期待に応えられないのが申し訳ないんだ」
 俺は好きで今の職場で働いているけど、一条はそうじゃないんだろう。
「でもその会社、俺でも知ってるくらい急成長してんじゃん」
「いや、急成長したきっかけは桐条財閥の今の当主、美鶴さんの提案があったからなんだ。あの人はすごいよ。分析力とか洞察力とかカリスマとか。俺が欲しいもの全部を持っているって感じでさ」
「一条は一条で良いんじゃね」
 思わず口をはさんでしまった。よけいなお世話かもしれないけど、辛そうな横顔を見ていたら口を出さずにはいられなかった。
「その桐条の当主がすごいからって比べる必要なんてねえよ。お前はお前で良いところがあるだろ」
「…良いところって?」
 そう問われて、特にこれといったところが思い浮かばないところが悲しい。
「ええっと…気が優しくて、まわりに気配りできるところ…とか?」
「なんで疑問系なんだよ」
 一条は噴き出して、こらえきれないといった風に笑い出した。
「あー、高校の時、花村がガッカリ王子って呼ばれてたのを久しぶりに思い出した」
「うっさい」
 ひとしきり笑ってから一条が俺の肩をたたいた。
「悪い悪い。おかげで元気出たよ。いやあ、お前って変わらないなあ」
「それ、絶対褒めてないだろ!」
「褒めてる褒めてる」
 なんかこんな風に話していると高校時代にトリップしたみたいだ。
「あの頃、もっとお前と色々話しとけば良かったなあ。こういう込み入った話もさ」
 そう言って一条は懐かしそうに目を細めた。
「まああの頃は商店街からの風当たりが強かったし、お前たちを巻き込みたくなかったからな」
「…あの頃、お前をかばってやれなくてごめん」
 一条が悲しそうに微笑んだ。もしかしてずっと気に病んでいたのかもしれないと思った。
「気にするなよ。お前も長瀬も気にせず話しかけてくれた。それだけで充分だった。人ってさ、悪者がいれば団結できて安心するんだろうな。それがジュネスだったってだけだ。それにジュネスでバイト仲間の先輩に励ましてもらったことがあって。『ジュネスはジュネス、キミはキミだよ』って。それ聞いたらなんかラクになったんだ」
「あー…たしかあの頃、花村が片想いしてた先輩? えーと…」
 名前が思い出せないようで、上を向いている。
「小西先輩な。そうそう、小西先輩と言えば、俺、今その先輩の子どもと一緒に暮らしているんだ」
 悠のことをかいつまんで話すと、一条は目を丸くして驚いた。
「え? あの、テレビの生放送で泣いてた子? あの子、花村の子…っていうか養子なのか」
「厳密には里親だな。引き取る時は父親が行方不明だったし、養子に出来なかったんだ」
「へえ。好きだった人の子どもを育てるなんてロマンじゃん」
「そんなんじゃねえっつーの。何て言うか成り行きみたいな感じ」
 一条はしみじみといった風に頷いて、「で? どうなんだよ」と俺を肘でつつく。
「なに、どうって?」
「だから今、彼女はいるかっていうハナシ」
「いや、なんつーか、今はそういうの良いかなー」
 おいおい、と一条は笑った。
「今は良いなんて言ってると、どんどん婚期を逃すぞ」
 耳の痛いハナシに思わず耳を塞いだ。
「聞こえません。聞きたくありません。つか、お前はどうなんだよ」
「俺はおばあさまが決めた婚約者と結婚したんだ。今は可愛い娘がふたりいるんだ」
 デレデレとした顔をしながらスマホの画面を見せてくる。小学生の女の子とつかまり立ちしている幼児を見せながらしあわせそうだ。
「ふうん。つか、里中は良かったのかよ」
「いやあ里中さんは完全に俺の片想いだったし、全く脈もなかったから」
 たしかに高校3年になっても里中は相変わらず鈍いし、一条は一条でかなりの奥手だったから、あれは見ていてもどかしかった。たぶん今も里中は一条の想いに気付いていないんだろう。
「婚約者だった奥さんはおとなしくて全然里中さんとは違うタイプだったけど、家のことを安心して任せられる本当によくできた奥さんなんだ」
「ふうん。幸せなんだ。良かったな」
 素直に頷く一条がちょっとだけうらやましい。
「花村に想いを寄せる女性はいないのかよ。周りの人は見る目ないな」
「さっきガッカリ王子って言った口はどれだよ」
 ふたりで笑ってから、ふと悠のことを思い出した。
「…あー、女じゃないけど、想いを寄せてくれる相手はいるんだよ…」
「え?…つまり、男?」
「その、さっき言った悠がさ…」
 そう言うと、一条は目を見開いて、言葉につまっている。
「そんなこと言われても俺だって困るんだ。だって俺はそんなつもりで育ててきたわけじゃねーし。だから悠にどういう態度をとったら良いのか、今、困ってるんだ」
「うーん…俺が娘たちから『パパ結婚して』って言われたらめちゃくちゃ嬉しいけど、それとは違うんだよな。なんつーか、本気なんだ?」
「もう中学生だからそういう夢見る年頃じゃないし。たぶん本気なんだと思う」
 冗談で好きなんて言う子じゃないのは俺が一番知っている。俺のために父親の元でガマンを重ねていたことを考えると、たぶん本気で俺のことを想っているんだろう。
「その…花村はどう思ってるんだ? その子のことを」
「悠のことを?」
 けっこう頑固でこうと決めたことは譲らない、強い意志を持っている。料理が好きで、俺の食べた時の反応を見て、喜んだ時は心から嬉しそうに笑う。
「あいつ、先輩を…自分の母親を亡くして、親族も引き取ってくれなくて不遇な目に遭っているのに、俺と家族になれて良かったって笑うんだ。父親に連れ去られて、なのにあいつ、俺がヘンな目で見られないようにってガマンして、父親に虐待に遭っても逃げ出さなかったんだ。今まで大変だった分、悠にはいっぱい幸せになってほしいんだ」
 たとえば悠が好きな人と付き合って、その人と結婚して、子どもを作って。そんな風に幸せな人生を歩んでほしいと願っている。そのためなら父親とか憂いとなるようなものをすべて取り払ってやりたいと思う。
「それってなんか……」
「ん?」
 一条は口元に手を覆って言いにくそうにしている。
「なんだよ」
 促すと、一条はためらいながらも口にした。
「なんか聞いてると、花村のは恋愛をとび超えた愛情って気がする」




 一条と「今度は長瀬も呼んで、三人で飲もう」と約束して別れた。
 次の日の朝、悠を迎えに実家に行った。
「悠、ごめん」
 リビングにいる悠に謝った。悠はポカンとした目で俺を見た。
「お前の気持ち、全然気づけなくてごめん。俺、家族としてお前のことが大事なんだ。そういう意味ではお前の気持ちには応えられない」
「うん…」
 もっと反抗すると思った。けれど悠はおとなしく頷いた。
「陽介を困らせたいんじゃないから。でも、この気持ちを止めることはできないから…僕、陽介を好きでいても良い?」
 予想外の返しに戸惑った。悠の中で何か心の変化があったんだろう。それを知ることはできないけど、今までよりも大人びた顔をしていてドキッとした。
「まあ…そりゃ自分の気持ちを抑えるなんて難しいだろうし」
「ありがとう」
 ホッと息を吐いて悠が小さく微笑んだ。
「僕、うちに寄って、荷物を取ってから学校に行くよ」
「ああ。朝ご飯は食ったか?」
「うん。ママさんと一緒に作って食べた」
 母さんに礼を言って家を出ようとすると、母さんが玄関までついてきて、俺たちを見て言った。
「陽ちゃん、悠ちゃんも。困ったことがあったらいつでも頼ってちょうだい」
「ん? ああ、サンキュ」
「ママさん。ありがとう」
 悠は素直にうなずいた。
 どういう意図があったかわからないけど、母さんは心配そうに俺たちを見送った。


 家までの帰り道、いつものようには手を繋いでこようとはしなかった。半歩前を歩いていた。
 悠と自分との距離がいつもよりちょっとだけ遠い。
 その距離を淋しいって思うのは我が儘な気がして、何だか胸がざわついた。



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