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ラフレシ庵+ダブルメガネ


【主花】悲しまないで

2023/10/25(Wed)18:41

X(旧 Twitter)にてお題をいただいて書いたSSです。
テーマは主花の恋愛バッドエンドです。

!!悲しい話なのでメンタルが元気な時に読んでください!!

本文はつづきリンクからどうぞ。




「別れたいんだ」
 そう告げられたのは大学2年の冬だった。
 一瞬、耳を疑った。でも冗談には見えなかった。喫茶店で待ち合わせ時間より前に待っていてくれた陽介は思いつめたような顔をしていた。思えばそれは今日だけじゃない。このところ会うたびに深刻な顔をしていた。
「最初はメールで伝えようかと思った。でも、やっぱりこういうことは……ちゃんと顔を合わせて伝えなきゃダメだって思って・・・・・・」
「……理由を聞かせてくれないか」
 理由を聞いたらどこかに突破口があるんじゃないか。期待をこめて陽介を見た。
 陽介は小さく頷いた。
「お前と一緒にいられるのは楽しかったよ。でも恋人扱いされるのは最初から違うなって感じてたし、来年、留学しようと思っててちょうどいい機会かなって。……だから、ごめん」
 二の句が告げず、無言になった。留学を考えていたなんて初耳だ。相談できずにいたんだろうか。陽介は申し訳なさそうにうつむいたままだ。
 注文したコーヒーが運ばれてきて、けれど口にする気にはなれなかった。ショックのあまり言葉が出ない。鈍器で頭を殴られたみたいにうすぼんやりとした思考でなんとか言葉を紡いだ。
「もう・・・・・・やり直すことはできないのか……?」
「ごめん。お前が悪いわけじゃない。優しいし、料理上手だし……最高の恋人だったよ」
「そうか・・・・・・」
 努力してもどうにもならないこともある。頭ではわかっていたけど認めたくなかった。思わず唇を噛みしめた。もともと俺が陽介を好きで押して押しまくって付き合うようになった。
 陽介とはこれからもずっと一緒にいたいと思っていた。陽介も同じ気持ちだと疑いなく信じていた。それとも俺にはそれを見せずに心の底ではずっと違和感を抱えていたんだろうか。
 どちらにせよ、陽介に俺への気持ちが残っていないならもうどうしようもない。
「別れても・・・・・・相棒でいてくれるか?」
 別れるという言葉を自分で発しながらも胸がズキズキと痛んだ。
「それは・・・・・・」
 陽介は顔を上げ、慎重に言葉を選んでいる様子だ。
「その、留学で距離が離れると思うし・・・・・・時差でメールのやりとりしかできなくなるけど。お前がそれでいいのなら・・・・・・」
 まったく関係を絶たれるわけじゃない。そのことにホッとした。
「留学って言っても長くても一年くらいだろう?  陽介とは一生ものの付き合いだと思っている。そのくらい何ともないよ」
 そう告げると、陽介はなぜか泣きそうな顔をした。
「ありがとう・・・・・・俺のワガママなのに嫌いにならないでくれて」
「俺の方がそうしたいって言ったんだ。だからこっちこそありがとう。留学、陽介の夢なら応援するよ」
 陽介は「そうだったな」と最後には笑ってくれた。涙まじりの笑顔がまるで朝露に濡れた花みたいに綺麗で、やっぱり別れたくないって強く思った。


 喫茶店を出て別れ際、陽介の方から握手を求められた。
「じゃあ、今までありがとな。バイバイ」
「ああ……」
 陽介の袖からのぞく手首があまりにも細くて。服を着込んでいるからわからなかったけど、こんなに陽介は痩せていただろうか。


 その時は、それが最後になるとは思ってもみなかったんだ。


 その後、陽介はたびたび音信不通になった。
 「陽介、夕飯一緒にどう?」そう尋ねるとなかなか返事が返ってこない。数日経ってから「留学の準備でしばらく忙しい」とだけ返信があった。わざと距離を置かれているんじゃないか? そう疑い、作った総菜をタッパーに入れて住んでいるアパートに押しかけてみた。
 合い鍵は使えなくなっていた。反対側から窓を見るとカーテンが無くなっていて、郵便受けも塞がれていた。
 「部屋が引き払われていたけどもう留学したのか?」そうメールで尋ねると、「言わなくてごめん。見送られたら余計しんみりしちゃうから」と返信があった。何か違和感を覚えたが、陽介はどこに留学しているのかという質問に対しては答えてくれなかった。電話しても応答してくれなかった。
 陽介の学部を訪ねてみたが、陽介の友達も行き先を知らないという。「うちの学部、留学制度なんてあったっけ」なんて首をかしげるヤツまでいる。ますます心配になってきた。
 それで休みの日、八十稲羽のジュネスに行ってご両親の元を訪ねた。しかし家は留守で、ジュネスの従業員に聞いてもふたりで長期休暇をとっているとのことで、詳細は誰も知らなかった。
 テレビの中にいるクマを訪ねたり、完二や天城たちの所に行って尋ねてみたが、陽介と一番直近に会ったのは自分のようで、みんなそれぞれ陽介から電話が来て軽く話しただけらしい。
 天城が言うには「相棒とちょっとケンカ別れしちゃって、落ち込んでいると思うから慰めてやってくれ」と俺のことを気遣うような内容だったとか。
 そこでりせに電話してみた。やはりりせにも陽介から電話があったようだ。何か様子がおかしいと感じたようだ。
『花村センパイに『センパイのことを頼む』って言われておかしいって感じたの。だって1年の間だけのことでそんな頼み方する? だいたい留学の話なんてひと言も聞いたことなかったし。だから何があったのって問い詰めたけど結局なにも教えてくれなかった…!』
 直斗にも同じような内容の電話があったようだ。そこで陽介の居場所の調査をお願いして、自分からも陽介にメールを送った。みんな心配している。何か話しづらいことがあるんじゃないか。俺でもいいし、仲間にでもいいし、打ち明けてほしいと伝えた。なにか辛いことがあるならそれを分けてほしいとも。
 そのメールに対して、返事は来なかった。
 代わりに早朝、ケータイへ電話がかかってきた。陽介からだとわかって慌てて通話ボタンを押した。
「陽介?」
『そっち、まだ朝だよな。寝てたらごめん。こんな時間に……』
 謝る陽介の声がふるえていた。泣いているんだろうか。
「陽介、困っていることがあったら言って。相棒なのに頼られない方が辛いんだ」
 しばらく陽介は言葉を発しなかった。ただ苦しそうな息づかいだけが聞こえてくる。
『ただ、ちょっと淋しくお前の声が聞きたくなっちゃっただけ。こっちから別れたってのに甘えたこと言ってごめん・・・・・・』
「そんなこと俺は気にしない。陽介が泣いているのなら世界の裏側だって胸を貸しに行くよ。だからどこにいるのか教えてくれないか」
 陽介の言葉を待ったが、詳細を告げられることはなかった。
『……大好きだよ、相棒。ありがとう……ッ……バイバイ』
 それだけ言って、電話は切られた。
「陽介・・・・・・!」
 折り返ししようとしたが、向こうの電源が切られていた。それ以降、メールの返事もなくなってしまった。


 数週間後、泣きながらクマが電話してきた。
『センセー!……ヨースケ…ッ、ヨースケが……!』

 陽介は棺の中に入って俺たちの元に帰ってきた。


 特捜隊のみんなで陽介の実家を訪ねると、陽介のお母さんは黒いワンピースを着て出迎えてくれた。
「花村……ちょっと、たちの悪い冗談でしょ……?」
「花村センパイ……ッ」
「……いったい、どういうことなんですか?」
 陽介のお母さんは涙ながらに俺を見た。
「今現在の医療では治る見込みのない病気なの。大学に入った頃に発覚してね。あちこちの大学病院や研究施設を訪ねて、最後はアメリカでその病気の治療法を研究している最先端の施設で手術と治験も兼ねた投薬を繰り返していたの。生きるためにあの子は精一杯抗った。あなたが支えだったと聞いているの。だから・・・・・・本当にありがとうね・・・・・・っ」
 大学に入った頃というと陽介と付き合い始めた頃だった。陽介はなかなか告白にうんとうなずいてくれなかった。キスには応えてくれるのに、付き合うことには消極的だった。何度も告白して、最終的にうなずいてくれて、本当に嬉しかった。
 両親と旅行に行ってくるとか学部の仲が良いヤツらと旅行に行ってくるとたびたび留守にすることがあったのは病気のことであちこち訪ねていたからなのか。陽介の悩みをまるで気づいてあげられなかった自分に腹がたって、思わず自分の太ももを拳で打ちつけた。
「なんで・・・・・・・・・・・・相談してくれなかったんだ・・・・・・ッ」
 相談したってどうにもならない。だからこそ陽介は黙って自分から身をひいた。頭ではわかるけど、感情がおいつかない。
 目を瞑っている陽介を凝視しようとしたけれど、涙でかすんで前が見えない。
 どんな気持ちで俺と別れたんだろう。不安と死への恐怖をたったひとりで抱えていたなんて。
 陽介のお母さんは涙を流しながら目を細めた。
「あの子、言ってたわ。『きっと病気のことを告げたら、相棒は心配で自分の人生まで投げだしかねないから』って。ちゃんと前を向いて自分の人生を生きてほしいって」
「陽介……」
 死に化粧を施された陽介はまるで生きていた頃のまま眠っているかのようだ。
 特捜隊のみんな宛にそれぞれ手紙を書いたようで、ひとりひとりに手渡された。


 俺宛の白い封筒を開けて、涙を拭い手紙を読んだ。

『今日は電話に出てくれてありがとう。本当はきっぱりと別れて、遠くに行っただけで誰にも俺が死んだことを告げないようにしてもらおうとも思ってたんだ。でも、やっぱり俺、弱いな。相棒って関係は捨てられなかった。それに相棒の声が聞けたらちょっとは不安が和らぐかな、眠れるかもって思っちゃって電話した。
 どうせお前のことだから心配して、もし所在がつかめたら世界のどこにいたって会いに来てくれるだろうから。お前は恋人のままだとこの後もずっと引きずっちゃうかもと思って別れたけど、別れた後も俺のことを大事にしてくれて本当にありがとう。病気のことがわかって、本当に悩んだ。お前をできるだけ傷つけたくなくて。でも死んじゃったら結局お前のことを傷つけちゃうよな。ごめん。でも、お前の記憶に残るんだったら、俺の人生も悪くはなかったって思えるんだ』

 筆圧が弱くて、手に力が入ってないのがわかる。
 幾度となくこぼれる涙で手紙の続きが読めなくて、必死に拭った。

『とりとめのない手紙でごめん。文才ないな、俺。とにかく、相棒でいてくれてありがとう。恋人だった期間はずっと幸せだった。宝物みたいな時間だった。隣で肩をくっつけて眠るまでくだらない話を延々とする夜がたまらなく好きだった。
 お前が地球の裏側にだって来てくれるって言ってくれて本当はめちゃくちゃ嬉しかった。俺、お前といられて幸せだったよ。だからあまり悲しまないでほしいんだ。
 これからのお前の人生にめいっぱい幸せがあるよう見守っているから。しっかりメシ食って、恋人を作って、ちゃんと生きてほしい。じゃなきゃこっちで再会した時に殴るからな。 陽介より』






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