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ラフレシ庵+ダブルメガネ


【主花SS】「影とひなたと」

2023/09/17(Sun)18:09

お題をいただきてかきました。
お題「影主と遭遇する陽介の話」
本文はつづきリンクからどうぞ。





 時折、ダンジョンで姿をみかけていた。だけど俺以外、他の誰も見たヤツはいなかった。
 一瞬すぎて気のせいかもしれないなんて思っていた。
 真夜中、テレビが気になってひとりで見ると現れる残像。
 クマを起こして一緒に確認してもらえば良かったのに、俺はその画面を見つめていた。
 刀を抜き身のまま手に持っている。
 目の光がゆらりと揺れる。金色の瞳。
 アッシュグレーの長い前髪からその昏い瞳が覗いている。
 歪んだ口元がなにかを呟いた。
 それはまるで俺に向かって何かを伝えたいようで、その光景にぎゅっと胸が締めつけられた。


 その影が目の前にいる。
 霧が濃いダンジョンの中、一緒に素材探しをしていた相棒とはぐれた直後だった。
 相棒と再会できたのだと思って近寄ったら、瞳が金色に光っていて、ぶわっと鳥肌が立った。
 引き倒されて、剣を突き立てられる。すんでのところで避け、四つん這いから立ち上がる。
「おわっと!」
 威嚇か、牽制か。それとも本気の殺意?
『逃げるな』
「殺されそうになったら逃げるのは当たり前、だろ!」
 避けた先にも薙ぎ払うように剣を振るわれて、後ろに下がる。
『殺すつもりはない』
 じゃあ何なんだと返す暇もなく、一瞬で間合いを詰められ、気がつけば長い足によって足下を払われた。
「っ!」
 バランスを崩し、尻餅をつく。
 次の攻撃を回避しようと横に転がろうとした時だった。
 低い声が無慈悲に降ってくる。
『ジオ』
「あああッ!」
 確かにもっと強力な雷も使えるはずだから殺す気はないのかもしれない。けれど俺の弱点はしっかりついてくる。ビリビリと身体が痺れて動けない。
 足と足の間に立たれた時は万事休すだと思った。
 しかし日本刀は遠くに放り出され、俺の腹の上に座ったシャドウは愉しそうに微笑んだ。
 鎖の音がして、どこに持っていたのか、俺の手首に拘束具をつける。足首にもだ。痺れる身体で懸命に暴れるが、重しをつけられているのでビクともしない。
『俺から逃げるなって言っている』
 本来それは普通は影の本体である相棒に向かっていう台詞だろ。どうして俺なんだ。
 手のひらがくすぐるように俺の首筋を撫でてきた。さっきの荒々しい動作とは一転して、ひどく優しい。それがどうにも戸惑う。
 やさしい手つきでヘッドホンを外される。影は頬を上気させ、整った唇を歪めて笑った。
『これでずっと。ずっとずっとずっと一緒だ』
「そうはさせない」
 目の前で笑っていた影の首がぽーんと遠くに飛んだ。
「………え?」
 思考が追いつかず、目の前の光景をただ目に焼き付けることしかできない。
 ああ、後ろからやってきた本物の相棒に首を斬られたのか。
 斬られた影の首がごろりと傾き、それでもなお喋った。
『何度殺されたって俺は甦る』
「何度だってお前を殺す」
 どういうことだ。もしかして今までに何回も影が現れたってこと?
『我は切り離された影。真なる我だ』
「認めた上で、俺はお前を切り捨てる。何度でも」
 本物の相棒は転がった顔を足で抑えつつ、切り離された身体の心臓をためらいなく何度も突き立てた。そこまでしなくても、そう言いたいのに声が出せない。
 やがて、その影は力を失い、血の涙を流しながら煙のように霧散した。
「んだよ・・・・・・それ・・・っ」
 ようやく声が出るようになり、痺れもだいぶマシになったので起き上がろうとしたが、重い拘束具により身動きがとれない。相棒が足下に膝をついた。
「陽介。今外すからじっとして」
「前にもあったのか?」
 俺の質問に相棒は答えない。
「あいつのことは気にしないでくれ」
「気にするだろ。お前のことなんだから。なあ、話してくれ」
 足の拘束具が外された。
「またアイツが現れるかもしれないんだろ?」
 そう脅すと、相棒はようやく顔色を変えた。
「ちゃんと話せよ。影を見られたのはお互い様だろ」
 強い瞳で見ると、相棒はやがてふうっと大きな息を吐いた。
「……ここじゃ落ち着かない。探索は切り上げよう」
 すべての拘束具が外れ、手首に跡が残っていないか確認している手つきは優しい。
 その手つきはあの影とまるで一緒だった。


 ふたりでテレビを出て、ジュネスの従業員たちに出くわさないようにそっと店内を抜け出した。無言で歩く相棒の背中を追った。
 夏のうだるような熱風に相棒のシャツの裾がなびいた。
 相棒は鮫川沿いを歩き、やがて河川敷の芝生へと腰を下ろした。
 俺がどうしようもなくなって涙を流し、相棒に胸を貸してもらった場所でもあり、ふたりで殴り合いした場所でもある。特別な思い出が詰まっている場所だ。
 その隣に俺も座った。
 相棒は夕焼けに沈む風景を眺めながら言った。
「八十稲羽にいられるのは一年だけなんだ」
「……え?」
「親が海外から帰国したらまた元の学校に戻るんだ」
 卒業までずっと一緒にいられると思っていた。だけど相棒と一緒にいられるのはたった一年きりなのか。そう思うと、淋しくて胸がぎゅっと締め付けられる。
 つか、それをわかっていて、八十稲羽に起こっている事件を解決しようと俺の手を取ってくれたんだな。
「今までも親の都合で引っ越すことが多くて。そのことがきっかけで友達とうまくいかないこともあって。だから人との付き合いも程々にしていたんだ」
 今の相棒はそんな風には見えない。俺の話も親身に聞いてくれるし、相棒がいなかったら俺は自分自身の気持ちを受け入れられなかったし前を向いて歩いていこうと思えなかっただろう。
「陽介に会って、皆に出会えて、俺自身も影響を受けたんだと思う。皆のことが好きだから、もっと仲良くなりたいって」
「相棒……」
 相棒は俺を見て、気恥ずかしそうに笑った。
「だから、もっとずっと陽介と……皆と一緒にいたいって気持ちが暴走しちゃったんだと思う。怖い思いさせてごめん」
 あの影が自分自身であることを知りながら、それでも寂しさを切り捨ててきたのか。あの影はたしかに相棒の一部だった。
「そっか。そうやって、お前は今まで自分の気持ちに折り合いをつけてきたんだな」
「ああ」
 気持ちはわかる。俺も親の都合で八十稲羽に転校してきた身だったから。
「親には言ったのか? 八十稲羽にもっといたいって」
「え?」
「説得したらこっちに居てもいいって言われるかもだろ」
 相棒は面食らった顔をしている。相棒のことだから当然両親と話し合ったものだと思っていた。
「考えたことなかった。親を困らせたくないって、そればかり考えていた……」
「お前なー。良い子すぎんだろ。さっそく今、電話してみれば? 国際電話できんの。その電話?」
 相棒は頷いたが、「時差が……今だとたぶんあっちは早朝」とためらっているので、「仕事中よりかはマシだろ。ほら、俺が隣で支援送ってやるから」と背中を叩いて応援した。
 相棒は携帯電話をみつめ、やがて意を決したようにアドレスを操作し、通話ボタンを押した。
「もしもし。寝てた?………うん、元気。そっちは?……うん。大丈夫。堂島さんも菜々子も家族みたいに接してくれる。友達もできたし。楽しくやってる」
 少し緊張した面持ちながら、相棒が穏やかな口調で親と話している。
「……うん。八十稲羽、今色々事件が起こっていて大変だけど、それがきっかけで大切な仲間もできたんだ。もっとここに居たいと思っている。勉学には支障はないし、卒業までこっちに居させてほしいんだ」
 その後、相棒は厳しい顔つきになった。あまり旗色がよくないらしい。
「相棒。ちょっと替わって」
「え? あ、ごめん。今隣に友達がいて……」
 携帯電話を受け取った。
「突然すみません。俺、相棒の、花村陽介って言います。え、あれ? もしもし?」
 電話口の向こうで女性の笑い声が聞こえる。どうやらお母さんのようだ。『ごめんなさいね。花村君。いきなり相棒って自己紹介されたからビックリしちゃって』と言われてカアッと顔が熱くなった。
「と、とにかく。そんぐらい仲良くなったっつーことです。いいヤツだし、マジ相棒って思ってるんで! 俺も、コイツともっと一緒にいたいんです。お願いします!」
 電話に向かってお辞儀した。
 お母さんは『あなたみたいな子と友達になれてうちの子は幸せ者ね』と穏やかな口調で言った。そして『話せて良かった。もう一度話し合うわ』と言ってくれた。ちょっとは気持ちが変わっただろうか。
 しばらく相棒はお母さんと電話していた。何か言われたのか、最終的には相棒の方が折れたようだった。
「……うん。ふたりの気持ちはわかっている。……うん。俺も話せて良かった。それじゃ」
 通話を切って、はーっと大きな息を吐いた。
「ダメだった」
 端的に結論を告げられて、がっくりしてしまう。
「そっか。お母さん、なんて?」
「相棒って言えるくらいの絆なら、たとえ距離が離れても関係は変わらないんじゃないって」
「そう来たかー!」
 正論すぎて思わず頭を抱えた。悠を見ると、不思議とスッキリした顔をしていた。
「でも俺が初めて反抗したからビックリしたし、気持ちを押し殺さずに伝えてくれたことは嬉しかったって言われた。それでも一緒にいられなかったことが多かった分、俺が学生でいるうちはまた家族で一緒に暮らしたいって」
「そっか……そう言われちゃうと俺も何も言えねーな」
 複雑な気持ちだ。こっちにいてほしい気持ちと、仕事で忙しい両親との時間も大切にしてほしいとも思う。
「でも自分の気持ちを伝えられて良かった。陽介、ありがとう」
 相棒はすがすがしい顔をしていた。この顔なら少なくとも当分はあの抑圧された影を見かけることはなくなるだろう。
「おう。淋しくなって泣きたくなったら今度は俺が胸を貸してやるからさ。いつでも言えよ」
 相棒は何か含みのある顔つきで「ありがとう」と言った。何だろう、今の表情は。
「あ、そーいや。あの影、俺の前にしか現れないんだけど、何でなんだ?」
 相棒は頭が痛そうに額を手で支えている。
「相棒ー?」
 顔を上げた相棒は「こんなかっこ悪い形で告白したくなかった……」と独り言をつぶやいている。
「つまり、こういうことだ」
 俺の後頭部を抱え、なにごとかと相棒を見ると、いつの間にかその整った顔が迫ってきて、唇を奪われた。
 一瞬、頭が真っ白になった。
 俺を拘束しようとした影。影も本物も同等に優しかった手つき。
「誤解させたくないし、泣いてる子には誰にでも胸を貸すってわけじゃないから」
 照れたようにそう付け加えられて、すべてが繋がった俺は脳のどこかが焼き切れたみたいで、何にも言えず、身動きがとれなくなってしまう。
「陽介が好きだ。陽介も同じ気持ちだったら嬉しい」
 手を取られて、覗き込まれて、その瞳が愛しさをめいっぱい含んでいるから。その吸い込まれるようなキラキラした瞳に見つめられたらノーとは言えない。
「おれは……」
 相棒のことは大好きだ。だけどこれが恋愛的な意味かどうかはわからない。
「じゃあ、答えなくてもいいから。もう一回キスするから。嫌だと思ったら本気で抵抗して?」
 相棒の顔が迫ってきて、答えがまとまらないまま額に額を重ね合わされた。
 ゆっくりと俺の表情を窺うように長い睫毛をしばたかせた相棒が顔を傾け、愛情を唇に載せてくる。
 不思議と不快感はなかった。気がつけば目を瞑ってその口づけを受け入れていた。
 相棒の唇を伝って、何かキラキラとしたものが自分の中に入ってきた気がした。それが身体の中で暴れ回って、胸がきゅうっと苦しい。涙まで出てくる。
「陽介?」
 恋愛なんて当分良いと思っていたのに。
 でも予感はあった。
 相棒がペルソナに目覚めた時から、いつかこうなるんじゃないかって。
 いつも嵐の中心にはお前がいて。こんなヒーローになりたいって憧れを抱いていた。
 心配そうに覗き込まれて、情けない顔を見られたくなくて顔を両脚の間に隠した。
「どうしてくれんだよ。んな、もっと、お前に特別って想ってるんだって勘違いさせて……っ」
「勘違いじゃない。本当に特別なんだ」
「あの影みたいに俺のこと、束縛監禁したいって思ってるわけ?」
 涙目で相棒を振り返ると、バツの悪そうな顔で頷いた。
 思わず唇をとがらせて悪態をつく。
「そんな風には見えなかった。この、むっつりスケベ、人たらし。さんざん他の子もたらしこんでおいて」
「人聞きの悪い。ちゃんと他の人とは恋愛的な意味では一線を引いてる」
 俺だけは特別だったんだとわかって、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
 相棒から心を寄せられて、求められて、嬉しくないわけがない。
「ん。他のヤツらはお前の影を見ていないって言ってたから。信じる」
 あの影を思い出す。切り捨てられた悠の寂しさ。願いのかけら。
「もしまたあの影が現れても、もう殺すなよ。自分の気持ちを押し殺すお前なんて辛くて見てられないからさ」
「陽介……」
 相棒の肩を抱き寄せ、その肩に自分の頭をくっつけた。
「俺、遠距離恋愛なんて今まで無理って思ってたけど。お前となら頑張れそうな気がする。だから淋しくなったら俺に伝えてくれよな。影じゃなくてお前自身の口からさ」
「うん……ありがとう」
 相棒は顔をほろこばせ、ちいさな子どもみたいに笑った。

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