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ラフレシ庵+ダブルメガネ


SCC23新刊サンプル「俺だけのバスガイド」

2014/04/29(Tue)22:53

 
久しぶりに小説を書きました。
陽介がバスガイドさん設定の大人になった主花です。
A5/24p/200円/コピー R18です。
年齢確認のため身分証の提示をお願いする場合がありますのでよろしくお願いします。

本文サンプルは続きからどうぞ。








「皆様、このたびは稲羽観光バスツアーにご参加いただきまして、まことに有り難うございます。
お、わたくし、今回の旅行の案内役を務めさせていただきます、東京営業所・花村陽介と申します。皆様に八十稲羽の魅力を存分に味わっていただくため精一杯、頑張りますのでよろしくお願いいたします」
 






 最初の口上をおじぎとともに終えると、ぱちぱちとまばらな拍手が聞こえてくる。「なんだよ、女のガイドじゃないのかよ」というオヤジ丸出しのヤジも飛んできたけど、こっちは気にしてる余裕などない。
 なにしろ、大型観光バスの一番後ろの席には、ドジった姿を見せたくない相手がいるのだから。そう、俺の相棒であり、同居人であり、恋人である月森孝介が。
 


「車酔いの方がいらっしゃいましたらお気軽にお声かけください」
 そう声をかけつつバスの後方へ行くと、一番後ろの隅に座っているりせが小さく手を振って笑顔を見せてくれた。今日はお忍びということで色のついたサングラスをかけ、髪を編み込んでキャップをかぶっている。小声で話しかけてきた。
「花村先輩、意外にはまってる~!」
「意外ってなんだよ。これでも研修積んで一年ガイドと乗務員を勤めてきたんだぜ。ようやく余裕が出てきたとこってとこかな」
「そっかー。あとは台詞をかまなくなったら完璧だね」
「おまっ、それ言っちゃう?…まあ精進シマス」
 苦笑いしていると、月森とりせの間に座っていた直斗が、伸ばした艶やかな黒髪を揺らしてぺこりと頭を下げてきた。
「花村先輩、今日はご招待くださいまして有り難うございます。八十稲羽のみんなとも会えるようにセッティングしてくださったんですよね。いつも助かります」
「そういう固いのはナシナシ。直斗も今日は楽しんでいってくれよな」
「はい」
 ウインクをすると、直斗も素直に頷いた。
 今回は日頃の感謝とねぎらいを込めて、月森を八十稲羽ツアーに招待した。どうせなら特捜隊メンバーとも合流できればと思って、都会に住んでいるりせと直斗もツアーに招待し、他の八十稲羽にいるメンバーとは今回の宿泊先である天城旅館で合流するようにセッティングした。その方がガイドの仕事で相手ができない間でも月森を一人にさせてしまわないしな。
 ふと視線を感じてそちらを見ると、月森がじっと俺を見ていた。
「ん?何?」
「うん、そういう服も似合うなって」
 月森がふっと目を細めた。思わず心臓が跳ねてしまう。
 大人になって、より男らしい顔つきになってきた月森は見飽きるほど一緒にいる俺でさえ、その雄っぽい色気にドキドキしてしまう。ゆえに月森の席の近くにいるおばさま達が頬を染めながら、チラチラ月森を見てしまうのは致し方ないことだ。
 月森の笑顔に見とれそうになって、ごまかすように慌てて自分の制服に視線を移した。
「男は今まで添乗員だけだったからスーツにネクタイだったらしいんだけど、ちょうど俺が入社したときにガイドとして男性を採用するようになって、そん時に制服も導入されたみたいだぜ」
「ダンジョンのとき着ていた衣装を思い出すな」
「ああ、たしかに。あの時着てたのもこんな感じの青い服だっけな」
 制服は女性のガイドと同じ配色で、襟のついたグレーのシャツと青のネクタイ、青のベストと同色のボトムスは意外にストレッチがきいて動きやすい。ピンで留めるタイプの小さなキャップがポイントだ。
「今日は楽しませてもらうよ」
「ああ、いつも月森には世話になってるからな。久しぶりに羽を伸ばしてくれよ」
 彼が見ているのだ。失敗はできない。










 多少集合時間に遅れてきた客がいたものの、大きなトラブルに見舞われず、天気にも恵まれ、旅は順調に進んでいった。

 けれど、俺の運の低さで何も起こらないわけがない。

 それは稲葉牛のしゃぶしゃぶの昼食をとり、さくらんぼ狩り園に向かっている最中のことだった。
 それぞれの客が談笑している中、「うおおおい」と怒鳴るような男の低い声がバスの中に響きわたった。その怒声に、バスの中は水を打ったように静まり返った。近くにいたお客さんが声の主の方を見て、「あの人、朝もさっきも集合に遅れてきたわよねえ」と声をひそめて隣人に話している。
「どうされました、お客様」
 慌てて怒声の主のところに駆けていくと、中年男性が顔を真っ赤にしていた。よく見ると、さっき女性ガイドじゃないのかとかヤジをとばしていたオヤジだ。どうやら先ほどの昼食で酒を大量に飲んだようで、目が据わっており、すっかり泥酔している。
「暑い!なんでこんなに暑いんだ!!」
「すいません、今、温度を下げさせていただきます」
深くお辞儀をすると、「気が利かんな~まったく!」とまたバス全体に響くような大声で怒鳴られる。
 いや、空調は快適な温度に保たれているんですけどね。
 これ以上下げると、逆に寒がるお客さんもいるかもしれない。
 そう考えながら、一礼して、とりあえず1℃だけ空調を下げに行こうと体の向きを変えたときだった。
 むにゅ。
 尻に何か当たった気がして振り向くと、なぜかその男が俺の尻を触っていた。いや、触っているどころじゃない。しだいに揉み始めてしまう。おいおいおい。
「お、お客様・・・?」
と、やんわり離れようとしたら、「まったく胸がないんだから、せめて尻ぐらいは柔らかいかと思ったら、全然柔らかくないじゃないか」と意味不明なことを言い出した。いや、俺、男だし、んなこと言われても。
 ハッと気がつくと目の前に「彼」が立っていた。
 すごく、すごく嫌な予感がする……っ。
 落ち着けよ、つ、月森っ!
 そう言いたいのに驚くあまり、口は金魚みたいにぱくぱくするばかりで、いっこうに言葉が出ない。
 俺は月森が「黙れ!」と言って中年オヤジを黙らせるんじゃないかと思った。
 けれど彼は中年男性ではなく、なぜかその隣の窓側の席に座っている奥さんらしき人にむかって、にっこりと笑いかけた。
「失礼。俺、後ろの席で車酔いしてしまいまして。良かったら席、替わっていただけないでしょうか」
 あっけにとられた。でた。必殺人たらし月森スマイル。ほら、あの奥さん、顔を真っ赤にして、うっとりしてるよ。ちなみに月森が乗り物酔いしたのなんか俺は見たことがない。
「え、ええ。いいわよ」
 女性は立ち上がると、中年オヤジの前を通りぬけて、月森が指さした後方の座席へとスキップするように機嫌良く歩いていった。
「おい!どこ行くんだ!」
 男性が奥さんに気を取られている隙に、おかげで俺は中年親父と距離を置くことができた。月森はそれを横目で確認すると、中年オヤジの隣の席に座った。
「もし良かったら俺が仰ぎますよ。その方が俺も車酔いを忘れられて気が紛れますし」
「ガイドさん、うちわってある?」と、月森がさも俺とは初対面なような振りをしてそう言うので、つられて「は、はい」と応えつつ、うちわを備品入れの中から取り出して手渡した。
 キラキラオーラを放つ月森がうちわで仰ぎながら中年オヤジになにごとか囁いている。彼も頷きながら、月森に話しかけている。
 おまえ、まさか。奥さんだけなく旦那までたらしこんで、月森を取り合って家庭崩壊なんてことにさせる気じゃないだろうな…?
 八十稲羽時代、老若男女、猫や狐など人外に至るまでたらしこんでいた思い出がまざまざとよみがえる。
 悪い予感がしないでもなかったが、月森が彼の相手をしてくれるとヒジョーに助かる。こっちも進行とか運転手のサポートとか、やることがいっぱいあるから。
 添乗員席に戻った俺は渋滞情報がないか確認し、さくらんぼ農園に電話し、時間通り到着する旨を告げた。
 振り返って月森たちの様子を伺うと、中年親父は笑って月森の肩をたたいていて、機嫌がよくなったのがわかってほっとした。「君、わかってるじゃないか」などと言っている。さすが月森。今でもモテっぷりは現役なんですね。くそう、うらやましくなんかないんだからな!



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