家族ごっこ4
2018/06/07(Thu)21:16
ペルソナやテレビの世界がなく、事件も起こらなかった八十稲羽の数年後のお話。主人公(鳴上悠)が小西先輩の息子という特殊設定です。
季節はずれになってしまいましたが今回はクリスマスのお話です。
素敵な表紙イラストは茶絣ぶみさんに描いていただいています。八十稲羽に舞い降りたエンジェルたち…!!!!
まだ主花味は少ないですが、次回あたりから加速していく予定です。
テレビのニュースでは街のクリスマスイルミネーションが紹介されていた。大きなツリーの前にたくさんのカップルや家族が訪れている。
悠と一緒に熱々の寄せ鍋を囲み、残り汁で締めを卵雑炊を作ってお腹いっぱい食べた。
「あーうまかった!冬はやっぱ鍋だよなー」
「ごちそうさまでした」
クリスマスソングが流れるテレビをぼんやり眺めながら食休みをしていると、スマホが鳴った。非通知設定からのコールだ。俺が電話に出ると、悠がリモコンでテレビの音を小さくしてくれた。
「もしもし。…はい、そうです。………………すいません。有り難いお話ですが、どんな内容でも今そういったお話は受けてませんので。……いえ、金額とかの問題ではなくて。本人と話し合って決めたことですので、申し訳ありませんが……はい、失礼します」
通話を切って、息をつくと、悠がじっと俺を見ていた。
「僕、さつえいのお仕事、してもいいよ?」
どうやら電話の用件がわかってしまったようだ。まあこんなに電話が来れば嫌でもわかるか。
「悠。話し合って決めただろ。お前は将来モデルや芸能人になりたいのか?」
そう尋ねると、悠は黙って首を振った。
「だろ? もちろん良い経験になるとは思うけどさ、子どもは子どもらしく遊んだり勉強するのが一番のしごとだ。お金を稼いだり暮らしを良くするのは大人の役目なんだ」
お前はお前がやりたいことを思いっきりやれば良いんだ。そう伝えると、悠は「うん…」と小さくうなずいた。一応納得はしてるけど、それでも俺を助けたいっていう気持ちが強いんだろう。そんな悠の心遣いに「お前の気持ちは嬉しいよ。ありがとな」と頭を撫でて感謝すると、悠はくすぐったそうにはにかんだ。
もうすっかりふたり暮らしの共同生活にも慣れ、悠も5年生になった。
ホテルのイメージキャラクターになり、もう3年目だ。「モデルの子が可愛いすぎる」とSNSで拡散されて話題となり、いつの間にか周囲の悠への認識は「可哀想な子ども」ではなく、「モデルをしている可愛い男の子」となっていた。
時々学校帰りにうちのホテルに顔を出すと、お客さんからも「あの写真の子ね。本当に可愛い」と頭を撫でられたり一緒に写真を撮ってほしいと頼まれたりする。うちの支配人からも「お客さんが喜ぶから悠君が来れる時は是非来てほしい」と言われて、悠はうちのホテルに出入り自由となった。気兼ねなく悠が俺の仕事場に出入りできるようになったのは良かったけど、子どもの身で仕事をさせるのも心中複雑だった。悠には子どもらしく今を生きてほしいから。
ホテルの写真撮影の仕事もキリがいいところでやめさせたくて支配人に相談したが、再来年にホテルの改修をする予定で、新しい建物をメインとしたホームページへと更新するので、それまでは継続して頼むと頭を下げられてしまった。なので悠には「申し訳ないけど小学生の間は続けて頼む」とお願いしてある。
スマホを見て明日の予定を確認した。
「悠、明日の午後は遊びに行くんだったよな」
「うん。美々ちゃんがクリスマスの飾り付けを作るから手伝ってって」
「そっかー、モテモテだなあ、悠は」
そう言うと、悠は口を閉ざして憂鬱そうな顔をした。
「んだよ、女の子に誘われて嬉しくないのかよ」
「だって…美々ちゃん、今まで話したことなかったのに、急に仲良くしてっていうんだもん」
「あー、なるほど」
悠がホテルの顔となって、八十稲羽で有名になると、急に仲良くしたがる女の子が増えたらしいのだ。それが悠にとってはとまどうことらしい。
「じゃあさ、もしその子に付き合ってって言われたらお前どうする?」
「どこに?」
首をかしげる悠に思わず噴き出してしまった。
「違うって。そうじゃなくて、『悠の彼女にして』って言われたらって意味!」
そう言うと、悠は首をかしげた。
「僕…よくわかんない。女の子はすぐ誰が好きとか言うけど…僕は好きってよくわかんない」
「まあ難しく考えないで、付き合ってみればいいんじゃね。男はなんつーか…色々経験を積む必要があるからさ。応援してるぜ、悠」
まあ俺自身、そんなアドバイスができる程モテないんだけども。人の恋愛だから適当なことが言えるんだよな。
悠はやっぱり難しそうな顔をしているので、背中をバーンとたたいて気合いを入れた。悠は恨めしそうに「痛い」と頬をふくらませた。
立ち上がってふたりで夕飯の後片付けをした。
「悠、スポーツクラブとか塾は本当に良いのか?」
この問答も何回したかわからない。だけど悠の答えはいつも同じだった。そして相も変わらず悠は首を横に振った。
「お前、勉強好きみたいだし、運動神経も悪くないんだから勿体ないんじゃね?」
塾に通ってないけど、本人の探究心が強くて自主的に予習復習もするから、全国模試の成績は上位の方だし、先生から私立の中学受験を勧められたりもしている。本人がもっと勉強したいなら通わせたいと思っているが。
悠も立ち上がって一緒にお皿を運んでくれる。
「どっちも大丈夫だよ。勉強でわかんないところは先生に聞くし、うちで好きなずかんを読んだりお料理をした方が楽しいよ」
やっぱりそう言うと思った。もしクラブや塾に通うとなると保護者の送り迎えが必要になるとわかっていて、悠は俺に負担をかけたくないんだろう。
「…なあ、悠は将来なりたいものとかあるのか? そのための応援ならいくらでもするから。送り迎えだってなんだってするからな」
悠は拭いたコップをシンクに置くと、まっすぐに俺を見た。
「僕、コックさんになりたい。美味しいご飯を作って陽介をびっくりさせたい」
その迷いのない瞳に思わずドキッとした。うちの子ながら、すくすく育っているなあと嬉しくなってしまう。
「…そっか。もし悠がコックになったら、俺、悠の店に毎日でも通うぜ」
「本当? じゃあもっと色んな料理をおぼえるね。もっと上手になるよ!」
キラキラした瞳で夢を語る悠が眩しい。コックになってもならなくてもいい。
悠が笑って幸せでいてくれたら俺にはそれでもう充分だな。心からそう思った。
「陽介もあしたはお出かけ?」
「あ、そだ。俺も明日の昼すぎ、田中さん家に新聞作りに行ってくるから。つか、悠も美々ちゃん家からそのままこっちに来れば? 亜希子ちゃんもいると思うぞ」
悠はなぜか沈んだ顔で首を横に振った。田中さん家の亜希子ちゃんは悠と同じクラスの女の子だ。一緒にいるとお互い口数は少ないけど、楽しそうに仲良く二人でオセロや花札で遊んでいる。だからてっきり一緒に行くかと思ったが、今日は気乗りしないらしい。
「んだよ、亜希子ちゃんとケンカでもしたのか?」
「ううん」
「田中さんもお前が来れば喜ぶと思うぞ?」
田中さんは亜希子ちゃんの母親でシングルマザーだ。悠にも優しく接してくれるし、悠も嫌いじゃないはずだ。
悠は何か言いたそうに俺を見たが、結局何も言わず片付けをし始めた。難しい年頃になってきたのか、悠は俺にだんだん言わないことも増えてきた。それは成長の証だと思うけど、何でも話してくれた頃と比べるとやっぱりちょっと寂しいなとも思った。
田中さん宅にお邪魔して、俺が写真を記事文章を作り、それを田中さんがパソコンで編集して新聞作りをした。亜希子ちゃんは習い事のピアノ教室に行っているらしく、ふたりで雑談しながら作業した。
ゆうべの悠の様子を田中さんに話すと、田中さんも同じようなことを思っているようで、苦笑いして頷いた。
「うちも同じですよ。おこづかいを貯めているみたいで、でも何に使うのか教えてくれないんです。私もそろそろ子離れしなくちゃいけないんでしょうね」
「そっか…うーん…俺の方が悠に依存してるのかも…」
クラブや塾のことも悠を大事にしているつもりだった。でも本当は自分の時間を悠で埋めることで、自分のことから目を背けていたのかもしれない。
「あの…失礼だとは思うんですけど、その…花村さんは結婚を考えてますか?」
「え…?」
田中さんから唐突に話を振られて、答えられないでいると、田中さんが慌てて弁解した。なぜか顔が赤い。
「…急にごめんなさい。あの、私は旦那の浮気が原因で離婚したんです。そのことに後悔はありません。…ただ、一人で育てるのは大変で、自分のためにも亜希子のためにも、亜希子の父親になれる人と新しい家庭を築きたいって思っていて。それで、花村さんはどうなのかなって…」
上目がちに問われて、言葉に詰まった。田中さんの言葉は真剣そのもので、俺は結婚を意識するような人がいなかったからというのもあるけど、ちゃんとそういうことを考えたことがなかった。
「そっか…悠のことで頭がいっぱいになってたけど、結婚してちゃんとした家庭を築くっていうのもひとつの道ですよね…俺、考えたことなかったです」
「私、すぐいっぱいいっぱいになっちゃって亜希子の気持ちに寄り添えないことが多くて。父親がいた方が私も亜希子も精神的に安定するんじゃないかなって思って。まだ亜希子はそういう私の考え方に複雑そうですけど、一応納得してくれてます」
「ふたりでちゃんと話し合ってるんですね。俺も悠とちゃんと話さなきゃな。そういう話題はつい避けちゃうから」
今が楽しいからつい、悠の本当の父親の話や、これからのことをどうするかという話題を避けてきてしまった。
「失礼ですけど、花村さんって悠君の実親ではないんですよね? どうして保護者になったんですか?」
「あー…悠の母親と知り合いで。その人が亡くなって、悠には頼れる親族がいなかったんで、まあ成り行き、かな…?」
「すごいですね。身内でもない子どもを預かるなんて、勇気がいることだと思います」
「いえ、全然! あの時の俺、何にも考えてなかったんですよ。ほんと勢いだけで」
子どもを育てることの大変さをよくわからずに、その場の勢いで預かることになったのだ。後悔はないけれど、無謀だったという自覚はある。
「花村さんのそういう包容力のあるところ、尊敬するし、好きだな、と思います…」
「え…?」
言われて、顔を上げると、田中さんが頬を真っ赤にしてうつむいていた。急に言われた意味がはっきりとした形になって胸に落ちていく。ええと…こういう時、どういう反応をすれば良いんだっけ?
「すいません、いきなりこんなこと言われても困りますよね…」
「い、いえ…なんつーか、光栄っていうか」
そう答えると、田中さんが顔を赤くしたまま、長い髪を指で耳に掻き上げた。それを見ていたら亜希子ちゃんママとしか思っていなかったのが、急に女性だと意識してしまう。田中さんだってママとは言えひとりの女性なのだ。この家にお邪魔しているのも急に意味が変わったものになってしまって、二人っきりの空間がなんだかとても居たたまれない。作業のほとんどが終わっていたのが幸いだ。
田中さんが顔を上げた。
「あの…今度良かったらふたりで食事しませんか?」
「え? ええと………はい。俺で良ければ」
断るのも失礼な気がして、そう答えると、嬉しそうに田中さんが微笑んだ。
女性にモテて、嬉しくないわけはない。俺だって男だし。最近は完全に保護者としか見られてなかったので、よけいに舞い上がっている。
「たっだいまー」
家に帰り、玄関で声をかけたが返事はなく、しんとしていた。リビングに入ると、悠がテレビをひとりで見ていた。一瞬だけ俺を見て、すぐまたテレビに視線を戻した。
「お帰り」
「おう、ただいま。すぐ夕飯作るな」
「うん」
いつもなら悠が元気よく迎えてくれるのに、なんだか元気がない。
「どうした、悠? なんか調子悪いのか?」
「…別に」
いや、もしかして、機嫌が悪いのか。
「なにか言いたいことがあるなら、言えよ」
悠はテレビの画面から目を離すと、俺を見た。
「………陽介、ケッコンするの?」
じっと見上げられて、思わず「はあ?」と声を上げてしまった。
「なんで、んなこと急に」
「あきこちゃんが言ってた。お母さんに、『再婚したらどう思う?』ってきかれたって。お母さんが誰かにとられたらイヤだけど、お母さんがその方がうれしいんだったらいいよって言ったって」
「………そっか。亜希子ちゃん、優しいな」
「陽介と会うんだって、あきこちゃんママがはりきって家のおそうじをしてたから、たぶん陽介とけっこんするんだよっておしえてくれた」
最近、悠の様子がおかしかったのはそのせいだったのか。
「今日、田中さんと話すまで結婚なんて全然意識していなかったんだ。…でももしかしたらこの先、機会があればそういうこともあるかもしれない。そうなったら悠はどう思う?」
悠は俺の目をまっすぐに見た。
「陽介がしたいならすればいいと思う。僕はかんけいないよ」
どこか怒ったような口調だった。いや、拗ねているのかも。
関係ないわけがない。結婚したら相手と一緒に住むことになるわけで、悠の生活も大きく変わるんだ。もしかしたらそれをきっかけに悠を自分の籍に入れるかもしれない。
全然まだ先のことなんてわからないけど、これだけはハッキリしている。きっと誰と結婚したって悠が大事だってことは変わりない。
「もし俺が誰かと結婚するとしてもさ、悠は俺にとって大事な家族なんだからな。それだけは忘れるなよ」
きっと変わらない。そう伝えたが、悠は何も答えなかった。
祝日の昼、美々ちゃんの家のクリスマス会にお呼ばれして悠は夕方まで出かけることになった。そんな折、田中さんから電話がかかって来た。田中さん家の亜希子ちゃんもそのクリスマス会に誘われて出かけるらしく、良かったら二人でランチしませんかというお誘いだった。もう広報の仕事は終わっている。つまり、これってそういうお誘い、なんだよな…?
「じゃあ悠は夕飯前に帰ってくるんだな?」
「うん。美々ちゃん家のお母さんが皆を送ってくれるって」
「オッケー。俺も夕飯前には帰ってくると思うから」
田中さんと食事に行ってくると伝えると、悠は「わかった」と頷いて、靴を履いてアパートを出て行った。
ふたり一緒じゃない休日がこの頃続いていて、なんだかモヤモヤした。でも、もし田中さんと付き合うようになったらそういう風になっていくのかもしれない。本当にこれで良いんだろうか。
田中さんと待ち合わせ場所の八十稲羽駅の前で会うと、ワンピースとネックレス姿でいつもより綺麗で、ふんわりと香水の良い匂いがした。自分がいつも通りのパーカーとジーンズで来てしまったことを後悔した。店を決めていなかったけど、もしかして今の時期ってクリスマスシーズンだから予約がないと入れないかも。
「すいません、俺、こんな格好なんでカジュアルな店しか入れないと思うんですけど。大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。私の方こそ気合い入れ過ぎちゃって、恥ずかしいな…」
「いえいえ、すごく素敵です」
田中さんが微笑んでくれたのでホッとした。
ふたりで電車に乗った。スマホで情報を調べたり田中さんが事前に調べてくれた店を見比べて、沖奈の駅前にあるイタリアンレストランに入ることにした。レストランに到着したがやはり予約ですでに満席のようで、次の時間帯も予約も入っているからと断られてしまった。
「やっぱりこの時期ってクリスマスとか忘年会とかで混みますね。カフェとかだったら大丈夫かもしれないんで、それでも良いですか?」
「はい。…すいません、私が花村さんに早めに連絡しとけば予約とかできたのに…」
「いや、子どもがいるといきなり調子悪くしたりするから予定が立てにくいし、こんなもんですよ」
そう言うと、「そうなんです。もっと早く電話したかったんですけど、亜希子が少し咳が出てたから」と田中さんがほっとしたような顔で頷いた。
ふたりでチェーン店のカフェに入って少し席が空くのを待って、案内された席で食事を注文すると、ようやくひと息ついた。
「こういう店、なんだか久しぶり」
呟くように言う田中さんに同意した。
「確かに。子ども向けじゃない店だとつい避けちゃいますよね」
「そうなんです。子どもが騒ぐかもしれないと思うと、こういうゆったりした店には居づらくて」
話しているうちに悠や亜希子ちゃんの話題になって、なんだかんだいつもの会話になっていく。なぜかそういうのが安心してしまう自分がいる。
「なんか、今日、無理に誘っちゃってすみません…」
田中さんがシュンとした様子で頭を下げたので、慌てて手を振った。
「無理になんて全然っす。むしろ最近そういう誘いがなかったから嬉しかったというか…」
そう言うと、ふふ、と田中さんが笑った。
「花村さんって人に気を遣わせないのが得意なんですね。ホテルでお仕事しているからかしら」
「いや、俺、地雷屋とか言われるんで。気づかないうちに失礼なこととか言ってるんで気をつけてください」
「ええ? そうなんですか」
「ほんと、もう、人を怒らせることに関しては天才なんで」
高校の頃、女友達の大事なDVDを割ってしまい、めちゃくちゃ怒られた話をすると、おかしそうに田中さんが歯を見せて笑ってくれた。
何か話題はなかったかと頭の中を探っていると、亜希子ちゃんが悠に言ったことを思い出した。
「そういえば、亜希子ちゃんにこの食事のことは?」
「ええ、話しています。亜希子はうまくいくといいねって応援してくれました」
「亜希子ちゃん、お母さん想いの良い子ですね」
そう言うと、田中さんはちょっと悲しそうに微笑んだ。
「シングルマザーってことで私が仕事先で苦労しているのをなんとなく感じているんでしょうね。いつも皿洗いしてくれたり、色々学校の話をしたりして私を元気づけてくれるんです」
亜希子ちゃんとは何回か挨拶をしたことがあるが、おとなしいけど空気を読む子だと感じた。いつも俺たちが委員会の仕事をしていると、その近くで邪魔にならないように静かに本を読んでいた。
「……どうしてもイライラしてしまって亜希子に当たっちゃうこともあって。そうするとママごめんねって亜希子の方が謝るんです。亜希子はなんにも悪くないのに…」
うなだれている田中さんの肩をぽんぽんとたたいた。
「人間なんですから、イライラしちゃって当たっちゃうことだってありますよ。お母さんだからって完璧である必要はないと思います。俺なんてしょっちゅうメシを失敗して、悠にそうじゃないってダメだしくらってますもん」
そう言うと、田中さんは淡く微笑んだ。ちょっとは元気が出たようで、お水を飲んでほうっと息を吐いた。
「そう言ってもらえると気が楽になります。ありがとうございます、花村さん」
「いえいえ。あ、来ましたよ」
注文したパスタやサラダが運ばれてきたので、ふたりで和やかに食事した。
帰り際、レジで会計をしていると、傍にスノードームが置いてあった。そういえばこの前、悠がジュネスでスノードームを不思議そうに傾けて見ていたよな。キラキラした砂が舞い上がって雪が降っているみたいだと何度も傾けていた。
『キラキラしてきれいだね』
楽しそうに見ていたから「買おうか?」と尋ねると、悠は首を振って「いらない」と答えた。そういうヤツなんだ。欲しい物を我慢して、本当の望みを言おうとしない、案外強情なヤツで…。
「花村さん?」
田中さんから声をかけられて、目の前のレジの店長らしき男性が俺を待っていたので、慌てて財布を出した。そしてスノードームを指さした。
「あの…これって売り物ですか?」
「いえ。こちらはディスプレイ用になります」
申し訳なさそうに謝られて、慌てて「いえ、気にしないでください」とかぶりを振った。
「ですが、この通りのセレクトショップで購入した物です。同じ物があると思いますよ」
「有り難うございます! 行ってみます」
会計を済ませ、店を出ると、田中さんにお願いしてそのセレクトショップに寄らせてもらった。
スノードームがいくつかあって、その中からこの前ジュネスで見かけたのと似ている、サンタとトナカイが仲良く肩をならべているスノードームを選んで会計をした。
「これ、クリスマスプレゼント用にお願いします」
「かしこまりました」
緑と赤の包装紙と金色のリボンをかけられたそれを受け取ると、テンションが上がった。これを見たら悠、どんな顔をするんだろうな。思わずわくわくした。
「今日はありがとうございました。何か色々話を聞いてもらっちゃってすみませんでした」
八十稲羽まで戻って、田中さんの家の近くまで来たらそう切り出されて、慌てて首を振った。
「いえ、もう謝るのはナシで。俺の方こそ買い物に付き合ってもらっちゃって。今日は楽しかったです」
田中さんは俺の顔をじっと見ていた。
「あの…今後ももし良かったら……広報の係が終わっても会いませんか?」
強い意志を持った瞳にひるみそうになりながらも、田中さんを見返した。ただ流されるんじゃなくて、今の自分の素直な気持ちを伝えなければきっと失礼だ。
「俺、今日田中さんと話して気づいたんです。俺にとって今、一番大事なのは悠との生活だって。大変な時もあるけど、ふたりで一緒にいたら楽しくて、それだけで仕事の疲れもふっとんで」
悠に母親がいたら心強いとは思う。だけど悠が小西先輩以外を母親と呼ぶ姿をまったく想像できない。きっとそう呼ばせるのは悠に大きな負担を与えることになるだろう。それに今の生活に何かが足りないとはどうしても思えないのだ。
「だから…そういうつもりじゃないんなら、ただ雑談してスッキリしたい時とかにメシとかなら、これからも喜んでご一緒したいです」
「そう………ですか……」
俺の気持ちを理解してくれたようで、田中さんは残念そうに唇をきゅっと閉じてうつむいた。
「…なんか、私の気持ちを押しつけちゃったみたいですみません…」
「いえ、謝らないでください。悪いことをしたわけじゃないんですから。俺も田中さんと話しているうちに自分や悠の気持ちに気づけたんで。つーかまたメシでも行きましょう。保護者仲間として、ね?」
そう軽く伝えると、田中さんがやっと笑ってくれた。
「はい」
家に帰るまでの間、悠にプレゼントをどうやって渡すか悩んだ。最初から悠はクリスマスのサンタの正体を知っていたので、毎年反応が薄い。それどころか「プレゼント、いらないから」と断られ、どうしても何かないかと聞くと、えんぴつや消しゴムが欲しいとか実用品をねだられてしまう始末だ。
「サンタの衣装とか買っとけば良かったかな」
呆れられてしまうかもしれないけど、それでもきっと最後には受け取ってくれるだろう。
「って…あれ?」
アパートの俺たちの部屋に明かりがともっていた。まだ悠が帰ってくると言っていた時間には早い。
部屋の鍵を開けて入ると、悠がリビングから走ってきて、元気に顔をのぞかせた。
「お帰りなさい!」
「ただいま。悠、早かったんだな」
うん、と頷く悠の頬がかすかに赤い。
「あのね、これ、みんなで作ったんだ。陽介にあげる」
小さな手のひらの中にある袋を見せてくれた。透明のビニール袋の中には雪だるまの形やツリーの形をしたアイシングクッキーが入っている。
「へえ、かわいいな。サンキュー」
「これ、陽介にも食べてほしいなって言ったら、美々ちゃんママがね、たくさん作ったから持って返っていいよって」
早く渡したいからと美々ちゃんママには送ってもらわずに、自分で走って帰ってきたらしい。
それで気がついた。
もしかしたら悠がいつもプレゼントをもらいたがらないのは、もらってもお返しができないからなんだろうか。いつもプレゼントをもらうばかりで気が引けていたのかもしれない。
「…そっか。俺も悠にクリスマスプレゼントがあるんだ」
プレゼントの包みを見せると、きょとんとした顔で悠が受け取った。
「開けてみ」
包みが破れないよう、悠が丁寧な手つきで開けていく。
「あ、スノードームだ!」
「この前ジュネスで見かけたのとは違うけど。これも可愛いだろう?」
スノードームを手で高く掲げ、右に左に傾けてキラキラと舞い落ちる砂を同じくらいキラキラした瞳でみつめている。それからはっとしたように真面目な顔つきになった。
「…プレゼントいらないって言ったのに」
「悠が喜ぶ顔を俺が見たいから買ってきたんだよ。それにお前もプレゼントをくれたんだからお互い様だろ」
そう胸を張ると、悠はうーんと納得のいかない顔をした。
「まっ、いいからクッキー食おうぜ!」
「まだ夕飯前だよ?」
「ちょっとぐらい良いだろ」
食事の準備をしながら二人でちょっとずつつまんでいたら、何だか幸せな気分になって、クッキーはすっかりお腹の中へ収まってしまった。
田中さんには振られてしまったと報告すると、「ふうん」と悠は口元をもにょもにょと動かした。嬉しいって顔に書いてある。やっぱり俺には結婚してほしくないんだなあ。可愛いヤツ。やっぱり俺には悠がいれば良い。
「僕はね、美々ちゃんに『彼氏になって』って言われたから、いいよって答えたよ」
「えっ……マジで?」
悠は笑顔で肯いた。
「美々ちゃんが好きかよくわかんないけど、つきあってみたらわかるかもしれないし」
俺がアドバイスした通りになったんだ。ここはたぶん手放しで祝福すべきところなんだろう。けど、どうにもモヤモヤして複雑な気分だ。なんだろう、俺が悠を思ってしたことに対してのこの、報われない感じは。
「そっか…ハハ……おめでとさん。………はあ…」
うなだれていると、横に悠が立って俺の服の裾を掴んだ。
「大丈夫だよ。陽介はヒトリでも僕がいるから」
「あんがと!」
半ばヤケになって礼を言うと、悠は歯を見せて笑った。
完全に立場が逆になってしまった。
くそ、全然悔しくなんてないんだからな!!
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No.257|主花SS「家族ごっこ」|Comment(0)|Trackback