【主花】しあわせすぎる夢
2023/10/25(Wed)18:37
X(旧Twitter)でお題をつのって書いたSSです。
お題「主花バッドエンド」
バッドエンドストーリーの主花と解釈して書きました。
12月のバッドエンドネタバレ注意です。
本文はつづきリンクからどうぞ。
生田目は病院から行方不明となり、数日後、遺体となって発見された。
仲間たちは口を閉ざし、あれから事件のことを誰も語らなくなった。
『今日、誰かと約束ないならお前んちに泊まってもいいか。クリスマスだしさ』
バイト帰りに電話してきた陽介にそう誘われて、誰もいない家に招いた。
「お疲れ」
陽介は小さな白い箱を手渡してきた。
「これ。クリスマスケーキ。ジュネスの売れ残りだけどな」
「ありがとう。菜々子も喜ぶと思う」
「……そうだな。菜々子ちゃんジュネスが大好きだったし」
陽介は疲れた顔で笑った。
あれから皆で集まることはなくなった。クマもいなくなって、どこかでみんな考え込むような顔をして、だけど何も言わない。
「堂島さん、来月には退院できそう?」
「ああ。最近は大人しくしてるから」
着替えを持って行くと、ベッドの上で無気力にただ窓の外を見ていることが多い。
小さなケーキを3等分に切り分けて、陽介の分と自分の分を皿によそう。一番大きい最後のひと切れを皿に載せて仏壇に供える。
陽介が仏壇の前で手を合わせてくれた。寒そうに身を震わせたので「風呂にはいる?」と尋ねた。
「ケーキを食べたらそうさせてもらう。つかこの家、暖房とかないの?」
「こたつが壊れていて。面倒だから他は何も」
陽介は自分の着ていたジャケットを俺に着せた。
「陽介の方が寒いだろ。いいよ」
「そんな寒そうな格好していたら天国にいる菜々子ちゃん、可哀想だって泣いちゃうぞ」
「そう……だな。冬物、出すのがなんだか億劫で」
陽介は俺を悲しそうな目で見つめた。
「クマがいたら、きっと今頃クリスマス会なんかしてただろうな。ったくここにいろって散々言ったのにな」
「ああ」
クマは置き手紙をおいてテレビの世界へ帰ってしまった。クマとの約束は果たせなかったけれど、自分の意思でいなくなったのだ。引き留めることはできなかった。
あれからもう事件は起きていない。だからテレビの中に入る必要もなくなった。
俺たちは正しいことをしたはずだ。それなのに、胸に何かしこりのようなものを感じている。考えたくないのに色々考えてしまう。
「お前も3月にいなくなっちゃうし、淋しくなっちゃうな……」
独り言のように陽介が呟いた。瞳はどこか遠くを見つめている。前よりも痩せたような気がする。あまり眠れていないのか、目の下のクマが酷い。
ケーキを一緒に食べた後、陽介が先に風呂に入って、その後に俺も入った。
広すぎる家にひとりでいるのは辛いので、陽介が来てくれて助かった。
ふとんをふたつ並べ、寒いからふとんに入って、陽介がいつでも眠れるように灯りを消して。ふたりでとりとめのない話をしていた。バイト中のこと、学校の話。
前は陽介と話すのが大好きだった。陽介はノリがいいし、表情筋が死んでいると言われる俺の気持ちをよく察してくれる。くるくる変わる表情を見ていて飽きない。陽介が辛そうに小西先輩のことを話してくれた時は抱きしめたいと思ったし実際そうした。
なのに今は何も感じない。陽介に対してだけじゃない。他のこともただ事象が通りすぎていくような感じで何をやっても虚しくて。心が死んでしまったのかもしれない。
「……なあ、寒いからそっちいってもいい?」
陽介は少し緊張した面持ちでそう言った。冗談ではなさそうだ。
「最近、あんま寝られなくてさ。お前を抱き枕みたいにしたら温かくてちょっとは眠れるんじゃないかと思ってさ」
「いいよ。おいで」
陽介は自分の枕と一緒に俺の布団の中に潜りこんできた。男ふたりで眠るには狭いけれど、確かに肩や手足、くっついているところが温かい。
陽介が体勢を替え、抱きつくように俺の胸に頬をくっつけてきた。
「あったけー……お前も眠れてないんじゃねーの?」
胸元から顔を上げた陽介に覗き込まれる。
「うん。寝付けないし、眠りも浅い。菜々子のこととか事件のこととか色々考えちゃって」
「だよな……考えてもどうしようもないのに、やっぱ考えちゃうよな……」
布団から出てきた手が俺の目の下をやさしくさすった。鏡をよく見ていなかったが俺の目の下にもクマがあるんだろうか。もしかしたら心配して来てくれたのかもしれない。
「お前さ、こうやって男とくっついていて抵抗ない?」
「いや、別に」
他の男とだったら抵抗あるかもしれない。
「陽介は特別だから」
そう伝えると、頬を赤くした陽介が何か言いたそうな顔をした。
「なに?」
「じゃあさ……俺と付き合わない?」
「それって……」
この流れ、どこかへ一緒に行こうという話ではないだろう。
「俺にとってもお前は特別だからさ。あ、でもキスとかエッチなこととか、そういうのはナシでいいからさ。なんつーか……お前の一番傍にいる権利が欲しいっつーか……」
陽介のその言い方は恋愛感情ではない気がする。
「俺は陽介とキスやエッチなこともできると思う。というか、そういう夢想もしたことがある」
「えっ、マジで……?」
陽介は顔を真っ赤にしたが、引いた感じはなさそうだ。むしろ嬉しいという風にさえ見える。
「試しにキス、してみる?」
肩を抱き、顔を近づけてみると、陽介は気持ちの整理がつかないのか目を丸くしたまま壊れたロボットみたいに挙動がおかしくなっている。その顔が面白くてつい噴き出しそうになる。
「冗談だよ」
顔を離し、ポンポンと陽介の背中を軽くたたいてあやす。
「いいよ。付き合おうか。ブロマンスっていうんだっけ。そういう関係で」
陽介がどういう気持ちで付き合おうと言ったのか何となくわかる。俺のことが心配なんだろう。心配しなくても自死したりはしない。淡々と生きていくだけだ。
菜々子の手が冷たくなっていって、目を瞑ったまま動かない、あの死に顔が目に焼き付いたまま離れないだけで。生田目をテレビに突き落とした時の感触がまだ手に残っているだけで。程々に食べて程々に眠れば生きていくのに支障はない。
そろそろ寝よう、そう告げようとした口を塞がれた。
温かな唇に塞がれたのだと気づいた。その唇がゆっくり離れ、目の前に必死な形相の陽介の顔がある。
「好きだから。お前のこと。じゃなきゃ、付き合おうなんて言わないし」
「うん。ありがとう」
「ありがとうって……お前、本当にわかってる?」
陽介の首筋に自分の頬を擦りつけた。ああ、やっぱり暖かい。ぬくもりを求めていたのは俺の方だったのかもしれない。
陽介はどうして俺の欲しいものがわかるんだろう。
陽介を背中から抱きしめた。
「うん。いつか我慢できなくて陽介のことを抱くかもしれない。けど、今はこうさせて」
「お前、そっちで想像してたわけ?……まあいいけどさ。つか別に我慢しなくて良いし……」
その温かな身体。ちょっとだけ速い心臓の音。心地よさにようやく眠気がやってきそうだ。
「少しねむくなってきた……ようすけは?」
「俺はまだ……いいよ。先に寝て。お前の寝顔見てたら寝られそうだし」
陽介は俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。
「いつかさ、お前とどっか旅行に行きたいな。暖かいところがいいな。外国で俺たちを誰も知らないところ。んで海の綺麗なところを一緒に歩きたい。鮮やかな花が咲いていて、波の音が聞こえて、俺たち以外誰もいない白い浜辺を…………」
やさしく密やかな声は耳に心地良い。
その夜、久しぶりに夢を見た。
大人になった俺と陽介がふたり列車に乗っていた。美味しいものをつまみ、ちょっとだけ酒を飲んで。列車を降りるとそこは誰もいない白い砂浜で。手を繋いで波打ち際を裸足でどこまでも歩いた。
それは幸せで。あまりにも幸せすぎる未来で。夢から醒めたあと少しだけ涙が出た。
お題「主花バッドエンド」
バッドエンドストーリーの主花と解釈して書きました。
12月のバッドエンドネタバレ注意です。
本文はつづきリンクからどうぞ。
生田目は病院から行方不明となり、数日後、遺体となって発見された。
仲間たちは口を閉ざし、あれから事件のことを誰も語らなくなった。
『今日、誰かと約束ないならお前んちに泊まってもいいか。クリスマスだしさ』
バイト帰りに電話してきた陽介にそう誘われて、誰もいない家に招いた。
「お疲れ」
陽介は小さな白い箱を手渡してきた。
「これ。クリスマスケーキ。ジュネスの売れ残りだけどな」
「ありがとう。菜々子も喜ぶと思う」
「……そうだな。菜々子ちゃんジュネスが大好きだったし」
陽介は疲れた顔で笑った。
あれから皆で集まることはなくなった。クマもいなくなって、どこかでみんな考え込むような顔をして、だけど何も言わない。
「堂島さん、来月には退院できそう?」
「ああ。最近は大人しくしてるから」
着替えを持って行くと、ベッドの上で無気力にただ窓の外を見ていることが多い。
小さなケーキを3等分に切り分けて、陽介の分と自分の分を皿によそう。一番大きい最後のひと切れを皿に載せて仏壇に供える。
陽介が仏壇の前で手を合わせてくれた。寒そうに身を震わせたので「風呂にはいる?」と尋ねた。
「ケーキを食べたらそうさせてもらう。つかこの家、暖房とかないの?」
「こたつが壊れていて。面倒だから他は何も」
陽介は自分の着ていたジャケットを俺に着せた。
「陽介の方が寒いだろ。いいよ」
「そんな寒そうな格好していたら天国にいる菜々子ちゃん、可哀想だって泣いちゃうぞ」
「そう……だな。冬物、出すのがなんだか億劫で」
陽介は俺を悲しそうな目で見つめた。
「クマがいたら、きっと今頃クリスマス会なんかしてただろうな。ったくここにいろって散々言ったのにな」
「ああ」
クマは置き手紙をおいてテレビの世界へ帰ってしまった。クマとの約束は果たせなかったけれど、自分の意思でいなくなったのだ。引き留めることはできなかった。
あれからもう事件は起きていない。だからテレビの中に入る必要もなくなった。
俺たちは正しいことをしたはずだ。それなのに、胸に何かしこりのようなものを感じている。考えたくないのに色々考えてしまう。
「お前も3月にいなくなっちゃうし、淋しくなっちゃうな……」
独り言のように陽介が呟いた。瞳はどこか遠くを見つめている。前よりも痩せたような気がする。あまり眠れていないのか、目の下のクマが酷い。
ケーキを一緒に食べた後、陽介が先に風呂に入って、その後に俺も入った。
広すぎる家にひとりでいるのは辛いので、陽介が来てくれて助かった。
ふとんをふたつ並べ、寒いからふとんに入って、陽介がいつでも眠れるように灯りを消して。ふたりでとりとめのない話をしていた。バイト中のこと、学校の話。
前は陽介と話すのが大好きだった。陽介はノリがいいし、表情筋が死んでいると言われる俺の気持ちをよく察してくれる。くるくる変わる表情を見ていて飽きない。陽介が辛そうに小西先輩のことを話してくれた時は抱きしめたいと思ったし実際そうした。
なのに今は何も感じない。陽介に対してだけじゃない。他のこともただ事象が通りすぎていくような感じで何をやっても虚しくて。心が死んでしまったのかもしれない。
「……なあ、寒いからそっちいってもいい?」
陽介は少し緊張した面持ちでそう言った。冗談ではなさそうだ。
「最近、あんま寝られなくてさ。お前を抱き枕みたいにしたら温かくてちょっとは眠れるんじゃないかと思ってさ」
「いいよ。おいで」
陽介は自分の枕と一緒に俺の布団の中に潜りこんできた。男ふたりで眠るには狭いけれど、確かに肩や手足、くっついているところが温かい。
陽介が体勢を替え、抱きつくように俺の胸に頬をくっつけてきた。
「あったけー……お前も眠れてないんじゃねーの?」
胸元から顔を上げた陽介に覗き込まれる。
「うん。寝付けないし、眠りも浅い。菜々子のこととか事件のこととか色々考えちゃって」
「だよな……考えてもどうしようもないのに、やっぱ考えちゃうよな……」
布団から出てきた手が俺の目の下をやさしくさすった。鏡をよく見ていなかったが俺の目の下にもクマがあるんだろうか。もしかしたら心配して来てくれたのかもしれない。
「お前さ、こうやって男とくっついていて抵抗ない?」
「いや、別に」
他の男とだったら抵抗あるかもしれない。
「陽介は特別だから」
そう伝えると、頬を赤くした陽介が何か言いたそうな顔をした。
「なに?」
「じゃあさ……俺と付き合わない?」
「それって……」
この流れ、どこかへ一緒に行こうという話ではないだろう。
「俺にとってもお前は特別だからさ。あ、でもキスとかエッチなこととか、そういうのはナシでいいからさ。なんつーか……お前の一番傍にいる権利が欲しいっつーか……」
陽介のその言い方は恋愛感情ではない気がする。
「俺は陽介とキスやエッチなこともできると思う。というか、そういう夢想もしたことがある」
「えっ、マジで……?」
陽介は顔を真っ赤にしたが、引いた感じはなさそうだ。むしろ嬉しいという風にさえ見える。
「試しにキス、してみる?」
肩を抱き、顔を近づけてみると、陽介は気持ちの整理がつかないのか目を丸くしたまま壊れたロボットみたいに挙動がおかしくなっている。その顔が面白くてつい噴き出しそうになる。
「冗談だよ」
顔を離し、ポンポンと陽介の背中を軽くたたいてあやす。
「いいよ。付き合おうか。ブロマンスっていうんだっけ。そういう関係で」
陽介がどういう気持ちで付き合おうと言ったのか何となくわかる。俺のことが心配なんだろう。心配しなくても自死したりはしない。淡々と生きていくだけだ。
菜々子の手が冷たくなっていって、目を瞑ったまま動かない、あの死に顔が目に焼き付いたまま離れないだけで。生田目をテレビに突き落とした時の感触がまだ手に残っているだけで。程々に食べて程々に眠れば生きていくのに支障はない。
そろそろ寝よう、そう告げようとした口を塞がれた。
温かな唇に塞がれたのだと気づいた。その唇がゆっくり離れ、目の前に必死な形相の陽介の顔がある。
「好きだから。お前のこと。じゃなきゃ、付き合おうなんて言わないし」
「うん。ありがとう」
「ありがとうって……お前、本当にわかってる?」
陽介の首筋に自分の頬を擦りつけた。ああ、やっぱり暖かい。ぬくもりを求めていたのは俺の方だったのかもしれない。
陽介はどうして俺の欲しいものがわかるんだろう。
陽介を背中から抱きしめた。
「うん。いつか我慢できなくて陽介のことを抱くかもしれない。けど、今はこうさせて」
「お前、そっちで想像してたわけ?……まあいいけどさ。つか別に我慢しなくて良いし……」
その温かな身体。ちょっとだけ速い心臓の音。心地よさにようやく眠気がやってきそうだ。
「少しねむくなってきた……ようすけは?」
「俺はまだ……いいよ。先に寝て。お前の寝顔見てたら寝られそうだし」
陽介は俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。
「いつかさ、お前とどっか旅行に行きたいな。暖かいところがいいな。外国で俺たちを誰も知らないところ。んで海の綺麗なところを一緒に歩きたい。鮮やかな花が咲いていて、波の音が聞こえて、俺たち以外誰もいない白い浜辺を…………」
やさしく密やかな声は耳に心地良い。
その夜、久しぶりに夢を見た。
大人になった俺と陽介がふたり列車に乗っていた。美味しいものをつまみ、ちょっとだけ酒を飲んで。列車を降りるとそこは誰もいない白い砂浜で。手を繋いで波打ち際を裸足でどこまでも歩いた。
それは幸せで。あまりにも幸せすぎる未来で。夢から醒めたあと少しだけ涙が出た。
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No.323|主花SS|Comment(0)|Trackback