陽介誕SS「お前とならどこへでも」
2017/06/25(Sun)16:21
こちらでの掲載が遅くなってしまったんですが、ツイッターのワンドロに参加させていただきました。
お題「誕生日」
陽介誕生日おめでとう!当日ツイッターでみんなにお祝いされていて、本当に愛されているなあと実感しました。
本文は続き↓からどうぞ。
「今年はちょっと大人びた雰囲気で外でデートしたい。駅で待ち合わせとかしてさ」
食後のコーヒーを飲みながらリクエストされてそう答えると、相棒は「了解。楽しみにしてて」とふんわりと笑顔を浮かべてくれた。
そんなにわがままを言ったつもりはない。
なのにどうして誕生日にこんな不運が舞い込んで来るんだよ。
朝から大雨になるとは言っていたけど、それに加えて突風、落雷により電車は軒並みストップ。
仕事が終わって最寄り駅から待ち合わせの駅にすら移動できない有様だ。
「はあ………」
駅の軒下から外を眺めても雨は降りやむ気配など全くない。
相棒に「何とかして家まで帰るからデートは延期にしよう」とメッセージを打ち込み始めた。
だけど最後まで入力できず、途中でタップする指が止まってしまった。
「んだよ………」
相棒は大学院に進んだばかりで、所属する研究室の教授に気に入られていることもあって、地方の研究会や講演にお供することが多くなった。調べ物やサンプル整理も多いらしく、研究室に泊まりで作業をすることもある。
俺の方も社会人一年目で覚える仕事も多いし、休憩時間は資格取得のための勉強に充てることがほとんどだ。入社当時は希望の会社に勤められて嬉しいくて誇らしい気持ちだったけど、今はとにかく目の前の仕事に必死で食らいついてる毎日だ。
その分どうしても家事もおざなりで、食事もお互いに時間を合わせるのが難しくなった。一緒に食事できるのは土日の朝と平日は俺の定時退行日の夜くらいになってしまった。
だから相棒に負担をかけず、ゆっくりふたりで食事をしたい。でもただ外で食事をしたいって言うと「他になんかないのか」って言われそうだから、あえて「大人っぽい」というリクエストをしてみた。
学生の相棒にあんまり負担をかけられないけど、学習塾や単発のバイトもしてるみたいだし、ちょっとお高い食事くらいならきっと大丈夫だろう。
そう、それくらいの気楽に過ごせる誕生日だったはずだ。ただ一緒にお互いのことをゆっくり話して、仕事や研究のことを忘れてふたりきりの時間を過ごしたい。ただそれだけだったんだ。些細な願いだったのに、どうして、なんで。
(あ、やば………)
目が熱くなって、スマホの画面が滲んでよく見えない。どうしよう、俺、ちょっと疲れてるかも。こんな時は、相棒がいてくれれば。二人で他愛ない話をしているだけで元気が出るのに。
「………あーやめやめ!」
思わず頭を振った。あんまり悪い方向に考えるのはよそう。
「はあ………とにかくタクシー待ちすっか」
長い行列を待っている間に相棒にメッセージを送ろう。
そう思っていた矢先だった。
電話の着信音。相棒だけの専用曲。
慌てて電話に出た。
「………もしもし、相棒?」
『陽介、今どこにいる?』
「え?南口の改札前だけど………あ、って言っても待ち合わせの方じゃなくて…」
『わかってる。電車が動いてないし、会社の方のだろ。それじゃ、そのままロータリーの所に出てきてくれるか?』
もしかして相棒も近くにいるんだろうか。でも電車が動いていないのに一体どうやって。
言われたとおりに外に出ると、相変わらずの豪雨だ。飛んで来る大きな雨粒を傘でなんとか凌いで辺りを見ると、一般車の降車する辺りで車窓からこちらに向かって手を振っている人がいる。
「えっ…………………相棒?」
近づくと、相棒が見知らぬ車に乗っていた。なんか外車のすげー高そうな車なんですけど………?
「ほら、早く乗って」
「お、おう」
シートが濡れないようにハンカチで服を拭いてから乗ると、にゅっと赤いバラの花束が差し出された。つい反射で受け取ってしまう。
「えっ?………えっ?」
思わず二度見し、相棒を窺う。
「お誕生日おめでとう」
「あ………ありがとう?」
思わず疑問系になってしまう。すると不満そうに相棒が俺をにらみつけた。
「そこは胸キュンとするところだろう。赤いバラは情熱的な愛だぞ。大人っぽいだろ?」
「やー………俺、花言葉とか知らないし、相棒のオトナ基準、よくわかんねーんだけど」
「どうせなら誕生花にすれば良かったか」
「………っつーか、この車、どうしたの?そっから聞きたいんだけど」
「買った」
「へっ…………………?」
ちょっと、待て。嘘だろ………?
「っていうのは冗談で」
「笑えねえよ!」
ツッコミを入れると楽しそうに相棒が車を発進させた。雨で交通量が増えてなかなか先に進まない。止まったり進んだりを繰り返しながらの間に説明してくれた。
「この車は教授に借りたんだ。大切な人の誕生日に特別な夜を贈りたいんだって言ったら協力してくれて」
「へえ………こんな車貸してくれるなんて、お前のことをよっぽど信頼してるんだなあ」
「教授の代わりに何度か運転していて慣れてるからな」
確かにスムーズな車線変更だし、ブレーキの衝撃もなくてすごく安心して乗っていられる。
「ところで俺ら、どこに向かってんの?」
「それは着いてのお楽しみ。さっきレストランに電話したら電車がストップしてスタッフの人数がいつもより少ないみたいだけど、いつも通りやってくれるって」
「そっか。良かったな!」
笑いかけると、ちょうど信号で止まった。
するとなぜか相棒が俺を手招きした。なにかわかんないけど身を寄せると、相棒は上半身を傾けて、ちゅっとキスを仕掛けてきた。
温かな相棒の唇の感触に、思わずほうっと息が漏れる。
「な、に……?」
「うん、キスしたいなって」
「あっそ……」
相棒のそういうタイミング、いまだによくわからない。何度もキスしてきた仲ではあるけど、不意打ちにはやっぱり弱い。あー顔が熱い。
そんな俺の表情を見て、満足気に相棒は運転席に座り直す。鼻歌を歌いながら信号が青になるとスイスイと軽快に車を走らせる。
フロントガラスを叩きつけるような強い雨の中、俺と相棒のふたりだけの世界にいるみたいだ。さっきまで不快だった雨も心地よいものに変わっていく。
不運だと泣きそうになっていたのが嘘みたいだ。相棒と一緒にいると、ぽかぽかと暖かい気持ちになって、心の底から力が湧いてくる。困難なこともなんとかなるかと思えてしまう。
「なに考えてるの?」
いつの間にか無言になっていたのを気にしたのか、相棒がちらりと視線を投げてきた。
「ん、俺ってお前みたいな奴が相棒で、しかも恋人でさ……すげー幸せ者だなーって思ってさ」
そう言うと、相棒がふふと静かに微笑んだ。
「幸せだって感じるのはまだまだこれからだよ」
しばらくするとスカイツリーが見えてきた。
「おー!もしかして、ここ?」
「ああ」
駐車場に車を停め、エレベーターに乗って上階にあるレストランフロアに移動した。目的のレストランに入ると俺たち以外のお客さんがいない。真ん中にあるグランドピアノもどこか寂しげだ。
「えっと。貸し切り………じゃねえよな?」
そう言えば、駐車場もガラガラだったし同じフロアもお客さんがとても少なかった。
「たぶん、この大雨で足止めされてお客さんが少ないんじゃないかな」
「あ、そっか」
「いらっしゃいませ」
レストランの店長らしき男性がにこやかな笑顔を浮かべ迎えてくれた。
「予約している鳴上です」
「ようこそ、いらっしゃいました。お誕生日という特別な日にこの店を選んでいただき光栄です。さあどうぞ」
案内されたのは夜景がばっちり見える窓際の席だった。
「おー、すげー特等席!」
窓の向こうには雨粒に溶けてキラキラと輝く夜景が広がっていた。
「喜んでくれたなら嬉しいよ」
「おう!すっげーテンション上がる!」
「お待たせいたしました。ノンアルコールのシャンパンになります」
給仕の女性がグラスにシャンパンを注いでくれた。ふたりで軽くグラスを掲げて乾杯した。
「陽介が生まれてきてくれたこと。そしてこうして出会えたことに感謝して。乾杯」
そうやってクサイことをさらっと真顔で言えて、しかも似合っちゃうのがほんと相棒だよな。俺だったら照れくさくてそんな風には言えない。
相棒とこんな風にまともに顔を合わせるのが久しぶりというのもあって、なんだかくすぐったい。
「あーなんかこんな風にゆっくり話せるの、久しぶりだな」
「ああ、同じ家にいるのにな」
家族ってそんなものかな。そう言われて、なるほどと思った。確かに実家に帰ると一緒にいる時間は長くても、顔を合わせる時間は意外と短い。
「俺たち、家族になっちゃったんだなあ」
「ちょ、なんか意味深な感じヤメテ!」
しみじみと言われるとなんだか顔が熱くなる。お互いに結婚するならこいつだと思っているし、身内には俺たちの関係を打ち明けている。もう半ば結婚生活をしてるようなものだ。
「そりゃ俺だってお前のこと、切り離せない半身みたいなもんだと思ってるけどさ。…ずっと恋人みたいな甘い関係でもいたいじゃん」
靴のつま先でつんつん相棒の足をつつくと、なぜか相棒は身体を沈めて顔を手で覆った。
「………相棒?」
「………うちの陽介が可愛すぎる………!」
「あーハイハイ」
こんなバカみたいなやりとり、本当に久しぶりだ。笑って、怒って、拗ねてるフリして。いつの間にかいつものふたりに戻っていた。
「なんかさ、こんな天気になって、電車も動かないし、すげー落ち込んでたんだけど、元気出た。サンキュな」
「どういたしまして。俺も陽介とこうしてゆっくり話せて嬉しいよ」
ふんわりと笑顔を見せてくれる相棒。キラキラと夜景が輝く心地よい空間。この景色を、この幸せをずっと忘れないようにしよう。そう胸に誓った。
「俺たち、なかなか時間が合わないけどさ。たまにこうしてゆっくりできるといいよな」
「ああ。俺もそう思っていた。陽介が頑張っている姿を見るのは励みになるけど、やっぱり一緒にいる時間も大切にしたい」
そう言われて深く頷いた。
「一応料理は相棒担当になってるけどさ。料理しなくても、総菜を買ったり弁当でもいいからさ。無理はすんなよ」
そう言うと、相棒は首を横に振った。
「そこは譲れない。陽介には愛情たっぷりの料理を食べて力をつけてもらいたいから。それに俺の作ったご飯で笑顔になる陽介が見たいんだ」
俺だって相棒が元気になるならなんだってしたい。
フルコースのひと皿ひと皿が芸術みたいに綺麗な、色とりどりの野菜や肉料理が運ばれてきた。スタッフが少ないとのことだったが、給仕する相手が俺たちしかいないせいなのか、相棒との会話が楽しいからなのか、まったく気にならなかった。
そればかりか、あと残りはデザートとコーヒーというタイミングの時、ピアノでバースデイソングを生演奏してくれた。
「花村様、お誕生日おめでとうございます」
曲の途中でプレートに「HAPPY BIRTHDAY YOUSUKE」と書かれ、美しくデコレートされたデザートが運ばれてきた。曲が終わると、スタッフが俺たちを囲んで拍手してくれた。
「あ、ありがとうございます………!」
気持ちがほぐれるような時間をゆっくり過ごし、俺たちは食事を終えるとレストランに出た。
展望台に誘われてワクワクとした気持ちもあったけど、あんまり遅くまで相棒の時間を拘束したくない。
「ちょっと疲れちった。明日も仕事だし、今日はもう帰ろうぜ」
そう促すと、ちょっと考えるような仕草を見せたが、相棒も頷いてくれた。
「そうか、わかった」
せめてエスカレーターでゆっくり帰ろうと提案し、ふたりで下っていく。
まるで思い描く未来都市みたいに、ガラス張りの向こうには青白い光に身を包んだ展望塔が高くそびえ立っている。まるで未来にタイムスリップしたみたいな気分だ。
「あーあ、どうせならこの雨が明日まで続いて、仕事や大学が休みになっちまったら良いのに」
そうぼやくと、相棒が楽しそうに俺を見た。
「もしそうなったら、どこへ行きたい?」
そう言われて、うーんと考えたけど、具体的な場所は思いつかない。
きっとどこへ行っても、何をしても、相棒と一緒なら楽しいに決まってる。
だから笑ってこう答えた。
「お前となら、どこへでも。」
お題「誕生日」
陽介誕生日おめでとう!当日ツイッターでみんなにお祝いされていて、本当に愛されているなあと実感しました。
本文は続き↓からどうぞ。
「今年はちょっと大人びた雰囲気で外でデートしたい。駅で待ち合わせとかしてさ」
食後のコーヒーを飲みながらリクエストされてそう答えると、相棒は「了解。楽しみにしてて」とふんわりと笑顔を浮かべてくれた。
そんなにわがままを言ったつもりはない。
なのにどうして誕生日にこんな不運が舞い込んで来るんだよ。
朝から大雨になるとは言っていたけど、それに加えて突風、落雷により電車は軒並みストップ。
仕事が終わって最寄り駅から待ち合わせの駅にすら移動できない有様だ。
「はあ………」
駅の軒下から外を眺めても雨は降りやむ気配など全くない。
相棒に「何とかして家まで帰るからデートは延期にしよう」とメッセージを打ち込み始めた。
だけど最後まで入力できず、途中でタップする指が止まってしまった。
「んだよ………」
相棒は大学院に進んだばかりで、所属する研究室の教授に気に入られていることもあって、地方の研究会や講演にお供することが多くなった。調べ物やサンプル整理も多いらしく、研究室に泊まりで作業をすることもある。
俺の方も社会人一年目で覚える仕事も多いし、休憩時間は資格取得のための勉強に充てることがほとんどだ。入社当時は希望の会社に勤められて嬉しいくて誇らしい気持ちだったけど、今はとにかく目の前の仕事に必死で食らいついてる毎日だ。
その分どうしても家事もおざなりで、食事もお互いに時間を合わせるのが難しくなった。一緒に食事できるのは土日の朝と平日は俺の定時退行日の夜くらいになってしまった。
だから相棒に負担をかけず、ゆっくりふたりで食事をしたい。でもただ外で食事をしたいって言うと「他になんかないのか」って言われそうだから、あえて「大人っぽい」というリクエストをしてみた。
学生の相棒にあんまり負担をかけられないけど、学習塾や単発のバイトもしてるみたいだし、ちょっとお高い食事くらいならきっと大丈夫だろう。
そう、それくらいの気楽に過ごせる誕生日だったはずだ。ただ一緒にお互いのことをゆっくり話して、仕事や研究のことを忘れてふたりきりの時間を過ごしたい。ただそれだけだったんだ。些細な願いだったのに、どうして、なんで。
(あ、やば………)
目が熱くなって、スマホの画面が滲んでよく見えない。どうしよう、俺、ちょっと疲れてるかも。こんな時は、相棒がいてくれれば。二人で他愛ない話をしているだけで元気が出るのに。
「………あーやめやめ!」
思わず頭を振った。あんまり悪い方向に考えるのはよそう。
「はあ………とにかくタクシー待ちすっか」
長い行列を待っている間に相棒にメッセージを送ろう。
そう思っていた矢先だった。
電話の着信音。相棒だけの専用曲。
慌てて電話に出た。
「………もしもし、相棒?」
『陽介、今どこにいる?』
「え?南口の改札前だけど………あ、って言っても待ち合わせの方じゃなくて…」
『わかってる。電車が動いてないし、会社の方のだろ。それじゃ、そのままロータリーの所に出てきてくれるか?』
もしかして相棒も近くにいるんだろうか。でも電車が動いていないのに一体どうやって。
言われたとおりに外に出ると、相変わらずの豪雨だ。飛んで来る大きな雨粒を傘でなんとか凌いで辺りを見ると、一般車の降車する辺りで車窓からこちらに向かって手を振っている人がいる。
「えっ…………………相棒?」
近づくと、相棒が見知らぬ車に乗っていた。なんか外車のすげー高そうな車なんですけど………?
「ほら、早く乗って」
「お、おう」
シートが濡れないようにハンカチで服を拭いてから乗ると、にゅっと赤いバラの花束が差し出された。つい反射で受け取ってしまう。
「えっ?………えっ?」
思わず二度見し、相棒を窺う。
「お誕生日おめでとう」
「あ………ありがとう?」
思わず疑問系になってしまう。すると不満そうに相棒が俺をにらみつけた。
「そこは胸キュンとするところだろう。赤いバラは情熱的な愛だぞ。大人っぽいだろ?」
「やー………俺、花言葉とか知らないし、相棒のオトナ基準、よくわかんねーんだけど」
「どうせなら誕生花にすれば良かったか」
「………っつーか、この車、どうしたの?そっから聞きたいんだけど」
「買った」
「へっ…………………?」
ちょっと、待て。嘘だろ………?
「っていうのは冗談で」
「笑えねえよ!」
ツッコミを入れると楽しそうに相棒が車を発進させた。雨で交通量が増えてなかなか先に進まない。止まったり進んだりを繰り返しながらの間に説明してくれた。
「この車は教授に借りたんだ。大切な人の誕生日に特別な夜を贈りたいんだって言ったら協力してくれて」
「へえ………こんな車貸してくれるなんて、お前のことをよっぽど信頼してるんだなあ」
「教授の代わりに何度か運転していて慣れてるからな」
確かにスムーズな車線変更だし、ブレーキの衝撃もなくてすごく安心して乗っていられる。
「ところで俺ら、どこに向かってんの?」
「それは着いてのお楽しみ。さっきレストランに電話したら電車がストップしてスタッフの人数がいつもより少ないみたいだけど、いつも通りやってくれるって」
「そっか。良かったな!」
笑いかけると、ちょうど信号で止まった。
するとなぜか相棒が俺を手招きした。なにかわかんないけど身を寄せると、相棒は上半身を傾けて、ちゅっとキスを仕掛けてきた。
温かな相棒の唇の感触に、思わずほうっと息が漏れる。
「な、に……?」
「うん、キスしたいなって」
「あっそ……」
相棒のそういうタイミング、いまだによくわからない。何度もキスしてきた仲ではあるけど、不意打ちにはやっぱり弱い。あー顔が熱い。
そんな俺の表情を見て、満足気に相棒は運転席に座り直す。鼻歌を歌いながら信号が青になるとスイスイと軽快に車を走らせる。
フロントガラスを叩きつけるような強い雨の中、俺と相棒のふたりだけの世界にいるみたいだ。さっきまで不快だった雨も心地よいものに変わっていく。
不運だと泣きそうになっていたのが嘘みたいだ。相棒と一緒にいると、ぽかぽかと暖かい気持ちになって、心の底から力が湧いてくる。困難なこともなんとかなるかと思えてしまう。
「なに考えてるの?」
いつの間にか無言になっていたのを気にしたのか、相棒がちらりと視線を投げてきた。
「ん、俺ってお前みたいな奴が相棒で、しかも恋人でさ……すげー幸せ者だなーって思ってさ」
そう言うと、相棒がふふと静かに微笑んだ。
「幸せだって感じるのはまだまだこれからだよ」
しばらくするとスカイツリーが見えてきた。
「おー!もしかして、ここ?」
「ああ」
駐車場に車を停め、エレベーターに乗って上階にあるレストランフロアに移動した。目的のレストランに入ると俺たち以外のお客さんがいない。真ん中にあるグランドピアノもどこか寂しげだ。
「えっと。貸し切り………じゃねえよな?」
そう言えば、駐車場もガラガラだったし同じフロアもお客さんがとても少なかった。
「たぶん、この大雨で足止めされてお客さんが少ないんじゃないかな」
「あ、そっか」
「いらっしゃいませ」
レストランの店長らしき男性がにこやかな笑顔を浮かべ迎えてくれた。
「予約している鳴上です」
「ようこそ、いらっしゃいました。お誕生日という特別な日にこの店を選んでいただき光栄です。さあどうぞ」
案内されたのは夜景がばっちり見える窓際の席だった。
「おー、すげー特等席!」
窓の向こうには雨粒に溶けてキラキラと輝く夜景が広がっていた。
「喜んでくれたなら嬉しいよ」
「おう!すっげーテンション上がる!」
「お待たせいたしました。ノンアルコールのシャンパンになります」
給仕の女性がグラスにシャンパンを注いでくれた。ふたりで軽くグラスを掲げて乾杯した。
「陽介が生まれてきてくれたこと。そしてこうして出会えたことに感謝して。乾杯」
そうやってクサイことをさらっと真顔で言えて、しかも似合っちゃうのがほんと相棒だよな。俺だったら照れくさくてそんな風には言えない。
相棒とこんな風にまともに顔を合わせるのが久しぶりというのもあって、なんだかくすぐったい。
「あーなんかこんな風にゆっくり話せるの、久しぶりだな」
「ああ、同じ家にいるのにな」
家族ってそんなものかな。そう言われて、なるほどと思った。確かに実家に帰ると一緒にいる時間は長くても、顔を合わせる時間は意外と短い。
「俺たち、家族になっちゃったんだなあ」
「ちょ、なんか意味深な感じヤメテ!」
しみじみと言われるとなんだか顔が熱くなる。お互いに結婚するならこいつだと思っているし、身内には俺たちの関係を打ち明けている。もう半ば結婚生活をしてるようなものだ。
「そりゃ俺だってお前のこと、切り離せない半身みたいなもんだと思ってるけどさ。…ずっと恋人みたいな甘い関係でもいたいじゃん」
靴のつま先でつんつん相棒の足をつつくと、なぜか相棒は身体を沈めて顔を手で覆った。
「………相棒?」
「………うちの陽介が可愛すぎる………!」
「あーハイハイ」
こんなバカみたいなやりとり、本当に久しぶりだ。笑って、怒って、拗ねてるフリして。いつの間にかいつものふたりに戻っていた。
「なんかさ、こんな天気になって、電車も動かないし、すげー落ち込んでたんだけど、元気出た。サンキュな」
「どういたしまして。俺も陽介とこうしてゆっくり話せて嬉しいよ」
ふんわりと笑顔を見せてくれる相棒。キラキラと夜景が輝く心地よい空間。この景色を、この幸せをずっと忘れないようにしよう。そう胸に誓った。
「俺たち、なかなか時間が合わないけどさ。たまにこうしてゆっくりできるといいよな」
「ああ。俺もそう思っていた。陽介が頑張っている姿を見るのは励みになるけど、やっぱり一緒にいる時間も大切にしたい」
そう言われて深く頷いた。
「一応料理は相棒担当になってるけどさ。料理しなくても、総菜を買ったり弁当でもいいからさ。無理はすんなよ」
そう言うと、相棒は首を横に振った。
「そこは譲れない。陽介には愛情たっぷりの料理を食べて力をつけてもらいたいから。それに俺の作ったご飯で笑顔になる陽介が見たいんだ」
俺だって相棒が元気になるならなんだってしたい。
フルコースのひと皿ひと皿が芸術みたいに綺麗な、色とりどりの野菜や肉料理が運ばれてきた。スタッフが少ないとのことだったが、給仕する相手が俺たちしかいないせいなのか、相棒との会話が楽しいからなのか、まったく気にならなかった。
そればかりか、あと残りはデザートとコーヒーというタイミングの時、ピアノでバースデイソングを生演奏してくれた。
「花村様、お誕生日おめでとうございます」
曲の途中でプレートに「HAPPY BIRTHDAY YOUSUKE」と書かれ、美しくデコレートされたデザートが運ばれてきた。曲が終わると、スタッフが俺たちを囲んで拍手してくれた。
「あ、ありがとうございます………!」
気持ちがほぐれるような時間をゆっくり過ごし、俺たちは食事を終えるとレストランに出た。
展望台に誘われてワクワクとした気持ちもあったけど、あんまり遅くまで相棒の時間を拘束したくない。
「ちょっと疲れちった。明日も仕事だし、今日はもう帰ろうぜ」
そう促すと、ちょっと考えるような仕草を見せたが、相棒も頷いてくれた。
「そうか、わかった」
せめてエスカレーターでゆっくり帰ろうと提案し、ふたりで下っていく。
まるで思い描く未来都市みたいに、ガラス張りの向こうには青白い光に身を包んだ展望塔が高くそびえ立っている。まるで未来にタイムスリップしたみたいな気分だ。
「あーあ、どうせならこの雨が明日まで続いて、仕事や大学が休みになっちまったら良いのに」
そうぼやくと、相棒が楽しそうに俺を見た。
「もしそうなったら、どこへ行きたい?」
そう言われて、うーんと考えたけど、具体的な場所は思いつかない。
きっとどこへ行っても、何をしても、相棒と一緒なら楽しいに決まってる。
だから笑ってこう答えた。
「お前となら、どこへでも。」
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