SS「ホワイトデーは君と一緒に」
2016/03/20(Sun)18:25
1月と2月のイベントで無配した悠君シリーズのホワイトデー話。
本文は続きからどうぞ。
最終データをうっかり消失してしまい、元データを拾い上げて修正してたらすっかりホワイトデーを過ぎてしまいました。
遅刻遅刻ー☆(パンくわえ)( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン
なので無料配布していた内容と細かい所が異なっています。
悠君シリーズの合間の話だと思って読んでいただければ幸いです。
シリーズをひとつにまとめた再録本のとらさん通販も良かったらどうぞ→★
ホワイトデーは君と一緒に
・HERO(鳴上 悠)×花村陽介
・悠君シリーズのホワイトデー
・「チョコレート爆弾」既読をお勧めします。(R18のためpixivでのみ掲載→★)
・陽介のお父さんとお母さん捏造
沖奈の街をうろついて、アクセサリーショップやCDショップ、ブランド品やその他アパレルとか色々巡ってはみた。
みたものの。
「見つかんねー…」
はっきり言って途方に暮れていた。この前、バレンタインデーに悠がチョコレートドリンクを菜々子ちゃんと一緒に作ってくれた。その礼も兼ねてホワイトデーは奮発しようと思ってバイト代をお財布に詰め込んで来たものの。悠はあまり物に執着がない。服は母親がブランドものを買ってくるらしく、大切に使えば長く着れるからとそれらを愛用している。アクセの類も身につけない。リストウォッチは父親から進学祝いにともらったものらしく、大切に使っている。そもそも悠はよけいなものがいらないぐらい仕草や言葉遣いが洗練されていてかっこいい。考えれば考えるほどこれ以上彼に足すものなんてない気がしてくる。
「…休憩すっか…」
ため息をついてコーヒーチェーンに入ろうとすると入り口のところで後ろから声をかけられた。
「花村?」
振り向くと、その声の主は一条だった。
「でさー、さんざん探してみたけどピンとくるものがなくてさ。一条、なんか悠から欲しいものとか聞いたことない?」
頼んだカフェラテは思ったより甘くて一口飲むとカップをソーサーに置いた。
「んー。そういうのは聞いたことないなあ。あ、でも」
「でも?」
俺が身を乗り出して尋ねると、一条はやや身体を引いた。
「…花村成分が足りないとかなんとかぼやいてたぜ」
「…は?」
つまりは俺に会えないと言うことらしい。
「そうだっけ?毎日学校で会ってるし、夜はバイトない日は商店街で結構会うし、会わない日も夜に電話で話してるけどなあ」
たしかに話し足りないとかもっと一緒にいたいっていつだって思うけど。我慢してないと言ったら嘘になる。
一条が俺を見ながらブレンドをひと口啜った。
「ったくバカップルだよな、お前ら…」
「は、はあ?どこが?」
一条は「自覚ナシなのか…」と呆然としている。
「お前ら昼休みも一緒に弁当食ってるだろ。しかも鳴上お手製の。ふたりであーんとかやってる現場に遭遇してしまう俺の立場に立ってみろ」
「え、ウソ、見てたの?」
恥ずい。それはかなり。しかし一条は首を振って続けた。
「それだけじゃないよ。窓辺で一緒に外を見ながら話しているうち腕を組んだり、額をこつんとくっつけ合って笑い合ったり…なんかキスでもしそうな雰囲気を醸してるんだよ…」
「わーわーわーそれ以上言わないであげて!」
一条にはすでに悠との関係を打ち明けている。だけど、そういうシーンを見られるのは別格の恥ずかしさがある。客観的に言われると恥ずかしさのあまり頭が噴火しそうだ。
「…あーうらやましい…」
「ん?」
その言い方には嫌みはなく、本当に羨ましいという気持ちが込められているようで、一条をまじまじ見た。想い悩む顔は苦々しい。
「もしかして里中とそういう風になりたいとか思ってんの?そういや今日は里中へのお返しを探してるんだっけ」
尋ねると、一条は首から耳まで真っ赤に染め上げた。
「里中さんには全然気づいてもらえないんだけどな…この前のバレンタインデーも」
と悲しげに語りだしたのはバレンタインデーでの出来事。
里中にチョコをもらいたくてうちのクラスに用事もないのに休み時間ごとに出入りしていた一条は、午後になってついに里中から声をかけられた。ちなみに俺もその現場に居合わせていた。
『あ、もしかして一条君もこれ食べたかったの?はい、あげる。貴重な一枚だから噛みしめて食べてね!』
呼びとめられて歓喜を隠そうともしない一条が里中からもらった物はあの、どこで売っているのかもわからない、伝説の「肉ガム」だったという…。里中よ、男心をもうちょっと勉強しようぜ…!
「いや、里中さんからもらった物だしすげー嬉しかったよ!記念にとっておこうか迷ったあげく、里中さんと話すきっかけになるかなって思って食べたんだけど………あのガム、一体なにでできてるんだ?ここだけの話、俺には……」
「皆まで言うな…!この世であれを旨いと言うのは里中だけだ」
一条がうなだれているので肩にぽんと手を置いた。
「まあ、この前の肉ガムのお礼っつって、沖奈のカフェとかで奢ってお返しすれば?デートのいい口実になるじゃん。物も嬉しいけど思い出作りっつーのが大事じゃん?あとは相手の大事にしてるものが判る贈り物とかあったら嬉しいと思うぜ…あ」
自分の言葉に思いがけずヒントが隠されていた。
きっと悠なら何をあげたって喜んでくれるだろう。大切なのは物じゃなくて一緒に思い出を作って心を通わせることじゃないだろうか。
「うん…なんか見えてきた気がする。サンキュ、一条」
「礼を言うのは俺の方だって!物をあげることばっか考えてたけど、そうだよな。それを口実にデートに誘うことだってできるんだよな」
「おう、応援してるぜ」
悠が友達だった頃だったらここまでプレゼント選びに悩まなかっただろう。特別だからこそ悩むし、ちょっとしたことでも気合いが入っちまう。自分の中で悠がこんなにも特別な存在になるとは出会った頃は思わなかった。
「…よし。俺、買い物して来る」
甘いカフェオレをなんとか飲み干して立ち上がると、一条は「元気出たみたいだな。俺もカフェをいくつかリサーチしてから帰るから。じゃあまた学校で」と手を振って見送ってくれた。
ホワイトデー当日、悠は教室でチョコレートをくれたひとりひとりに手作りのマフィンを手渡していた。悠が転校するのでお別れの言葉を告げる子達もいて、丁寧にお礼を返していた。それをなんとはなしに見ていた。
「あ、あ、あ、あの、里中さん!」
「一条君じゃん、どしたの?」
斜め前の席に座っている里中の元に緊張した面もちでやって来たのは可哀想なくらい固まっている一条だ。
「この前の肉ガムのお礼に。よ、良かったら今日の放課後、ケーキの美味しいお店でご馳走させてもらえないかな」
いい調子だ。心の中でエールを送る。すると里中は手を振った。
「ごめーん、今日の放課後は雪子たちとバレンタインのお返しってことで女子会なんだ。っていうか肉ガム、そんなに気に入ってくれたんだ!やーこの味をわかるなんて一条君もなかなか通だねえ。よし!奮発してもう一枚あげるね、はい!」
里中の向こうで天城が笑いをこらえている。そりゃそうだ。しかもホワイトデーのお返しだとは気づいていない様子。しかも肉ガムを追加するなんて誰が予想できただろうか。これはもうストレートに告白する以外道はないんじゃねーの?
「里中、一条がお前になんか話したいことがあるんだってさ。屋上でも行ってきたら?」
「は、花村っ!?」
里中がそれを聞いて一条を見た。
「え?そうなの?んじゃ行こっか」
「あ、う、うん!」
里中の後をカチコチになった一条が同じ側の手と足を一緒に動かしてついて行く。そのわき腹に拳で小突いた。
「男、見せろよ」
小声でそう声をかけると、滝のように汗をかいている一条が「お、お、おう…」とめっちゃ気弱な感じで頷いた。大丈夫か、あれ…。
二人を見送っていると、悠が自分の席に戻ってきた。
「どうしたんだ、あれ?」
「んーどうなるんだろうな」
天城はいまだに笑いが治まらないらしく、「に、肉ガム追加って…千枝…ひどすぎ…!」と机につっぷしていた。
「なあ、悠。今日の放課後って空いてる?」
そっと小声で訪ねると、悠がにいっと心底嬉しそうに笑った。
「そう言ってくれると思って空けてある。期待してもいいのか?」
「あ、あんま期待しすぎるとガッカリするかもよ…」
「ガッカリ王子なだけに?」
「それは言わないであげて…」
放課後になってふたりで一緒に帰り、俺の家に来てもらった。
「なんか前にこの家に来たことを思い出すなあ」
ふたりで階段を上がっていると、悠が遠い目をしながら言った。
「ああ、そういえば。釣った魚を見せに来てくれたっけな」
「あの頃は陽介、俺のことを全然意識してなかったよね。陽介のことを好きな俺を簡単に部屋に上げようとして」
言われてみて初めて気がついた。確かにあの頃は悠のことをダチとしか見てなかった。
「ご、ごめん!あの頃は俺、お前ってダチができて浮かれてたから…」
部屋のドアを開けて招き入れると、悠は辺りを見回した。
「ううん。今はこうして両想いになって招き入れられたんだから、喜びもひとしおだよ。それにしてもけっこう物が多いんだな」
「う…あんま見んなよ」
「陽介だって俺の部屋のお宝を探してただろ?」
「あの時はすんませんっした…!」
本当にあの頃の俺は無神経にも程がある。俺のことを好きな悠の気持ちを考えず部屋を漁って一体何を探すというのだろう。反省をしていると、悠が飾ってあったギターにそっと指で触れた。その愛おしそうな眼差しに思わずドキッとした。
「あっ…と。俺、ホワイトデーのお返しを用意してくるから。適当に座ってて」
「うん」
部屋を出ると階段を降りて冷蔵庫を開けた。バレンタインデーの時、悠もこんな気持ちでホットチョコを用意してたのかな。緊張とそれだけじゃない鼓動の速さを自覚した。
「おまたせ」
片足でドアを開けると、持っていたお盆をテーブルの上に置いた。ベッドの方を向いていた悠が振り返って目を見開いた。
「これ…ってもしかして陽介が?」
「クッキーとかケーキとかいろいろ考えたんだけどさ。お前から聞く食べ物の話でプリンが多いから結構好きなのかなって作ってみたんだけど…」
悠の前に置いたのはプリン。
何回か試作品を作って、納得いく仕上がりになったのは昨日だった。色々レシピを見てかぼちゃとか豆乳を入れたプリンとかも考えたけど、結局一番シンプルなプリンにホイップした生クリームを乗せて飾りに缶詰のさくらんぼを乗せてみた。
前に悠が話してくれたことがある。子どもの頃両親と行ったレストランで食べたプリンアラモードがとても美味しかったのだと。今でもプリンが好きで、冷蔵庫に入っていた菜々子ちゃんのプリンを食べてしまったのだとも言っていた。悠にとってプリンは幸せの象徴みたいなものかも、と思って作ってみた。
悠は感動したのか目を大きく見開いて、じっとプリンを見つめた。
「陽介の手作り…」
「味は悪くないと思うけど…た、食べてみて」
「うん。いただきます」
陶器のカップをもちあげて、悠がプリンをスプーンですくった。食べた時の反応が気になって、ついじっと見てしまう。悠は口に含むと、柔らかな笑みを浮かべた。
「美味しい…優しい味だな」
「よ、良かったーーー!」
思わず脱力して床に伏した。
「陽介の分もあるんだろ?一緒に食べよう」
そう声をかけられて、「おう!」と元気よく返事したら悠にふっと笑われてしまった。
「そんなに緊張することないのに。陽介が作ってくれるものなら何だって美味しく感じるだろうし。俺の好きな物を覚えてくれてたの、すごく…すごく嬉しい」
「や、まずいならちゃんとまずいって言ってくれた方が今後のためだぜ?つーかそんな大したことじゃないって」
悠は首をふるふると振った。
「だって陽介が俺のために愛情込めて作ってくれたんだろ?その気持ちだけですごく嬉しいから。それにさっきの言い方からするとプリン、作るの練習してくれたんじゃないか?」
「まあ、いきなり本番で失敗してお前にまずいのは食わせたくなかったし。クマってちょうどいい練習台もいたしな」
「そういう時間も含めて、俺のことを考えてくれたんだって思うとすごく嬉しいよ。ありがとう、陽介」
「へへ、どういたしまして。つか、それ、俺が言いたいことだから。いつもうまい弁当を作ってくれたりさ、バレンタインの時も、ホットチョコを作ってくれてすげー嬉しかったんだ。男とか女とか関係なく手料理って嬉しいもんだなって思って、だからそのお返し。あ、菜々子ちゃんと堂島さんの分もあるから後で持って帰ってくれよな」
「ありがとう、陽介」
「悠にはもうひとつお返しがあるんだ」
学習机の引き出しを開け、入れてあった包みを出して悠に手渡した。
「…開けてもいい?」
「もちろん」
悠は丁寧に包みを開けて中身を取り出した。中から現れたダークブラウンを見て、顔を上げた。
「キーホルダー?」
「そ。悠って実家と堂島さんちの鍵とバイクの鍵があるだろ?今使ってるキーホルダーだと重なって使い辛そうだったから」
悠が今使っているものはすごくシンプルな輪っかのキーホルダーで、堂島家の鍵の開け閉めをする時に他の鍵と重なって使い辛そうにしてたのを何度か見たことがある。だからそれぞれ独立して付けたり外したりできるタイプのキーホルダーを選んで買った。
「俺も同じのを色違いの赤で持ってるんだ。家の鍵とバイクの鍵と、あとジュネスで倉庫の鍵を預かったりするからさ。付け外しやすくて結構便利だぜ」
「ありがとう、陽介。さっそく使わせてもらうよ」
そう言って持っている鍵を付け替えた。チェーンをベルトループに通して鍵を尻ポケットに入れた。本革の部分が大人びた雰囲気の悠に似合いそうだと思ってダークブラウンを選んだ。
「うん、良く似合ってる」
「陽介のと揃いなんて嬉しいな。大切にする」
あげる前は自己満足なんじゃないかってあげるかどうか迷ったりした。だけどふわっと心から嬉しそうな笑顔を見せてくれて、やっぱりあげて良かったと胸の中があったかなもので満たされた。
なんとなく気恥ずかしくて自分のプリンをかきこむように食べた。
その後ベッドを背もたれにして肩を並べてコーヒーを飲んだ。
「そういえば引っ越しの荷作りって進んでる?手伝った方がいいか?」
悠はちょっとだけ淋しさをにじませた瞳で言った。
「もともとの荷物は少ないんだけど、持って帰りたいものが多くて選別に迷ってる。みんなからもらった思い出の品とか自分で作ったプラモデルとかもあるし」
「いいじゃん、ぜんぶ持っていってやれよ。そうした方が物たちも喜ぶって」
そう言うと、悠はふわりと笑みを浮かべた。そして辺りをゆっくり見回した。
「うん、そうだね。この部屋を見てると、陽介のお気に入りはみんな大事にされてるって感じがする。陽介に大切にされてて幸せだろうな」
「俺は物に恋しちゃう方だからな。気に入ったもんはずっと大事にするよ」
悠も含めて。心の中でそう付け加えた。
「お前だってそうだろ?思い出の品も、みんなも大事にしてくれる。俺のことも、置いてっても大事にしてくれるんだろう?」
少しの不安と胸いっぱいの寂しさを悟られないように笑ってみせた。
すると肩の上に悠が頭を乗せてきた。
「陽介も持って帰ることができたらいいのにな…」
呟くような低い声は切ない響きを含んでいて、胸がつまるような想いをした。悠も寂しいんだ。自分ばかりじゃない。むしろ悠は俺たち誰ひとりとも傍にいられないんだから、寂しさは俺の比じゃないはずだ。
雰囲気が暗くなってしまわないように、わざと冗談っぽく返した。
「人は持って帰っちゃいけません…。けど会いに行くから。お前のご両親にも会う覚悟は決めてるから。お前も八十稲羽に来いよ」
「ああ」
悠は顔を上げると、少し泣きそうな顔で微笑んだ。
「最近みんなへの挨拶まわりでゆっくり陽介と話ができなかったから、こうして話せて良かった」
「そうだな。俺もホワイトデー売場で忙しかったしなあ」
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、桂木君にはお返ししたの?」
「え?…あ」
そもそもあれはバレンタインのチョコに当たるんだろうか。そう思っていたから桂木へのお返しは頭の中になかった。
「そういやそうだった。後でジュネスの売場に行ってくるかな」
「いらないだろ」
きっぱりと悠が言ってのけるので苦笑した。
「やー、アレでも一応くれたんだし…」
「いらない。やらないで。桂木君を期待させるようなことはしないで。俺を不安にさせるようなことはしないでくれ」
そう言われて、胸が甘いものでいっぱいになって苦しくなった。
「ズルい…普段は言わないのに、こういう時だけワガママ言うのはズルい」
そう拗ねてみせると、悠が俺の髪に触れてきた。長い指で梳いて、愛おしさを瞳いっぱいににじませて囁いた。
「陽介のこと、独占させてよ。ホワイトデーなんだから」
「ん…」
唇でねだるように頬を、口端をつつかれて、くすぐったくて笑いがこみ上げてくる。
「お前にそうやって甘えられるの、なんか嬉しいな」
「それじゃ、遠慮なく甘える」
そう言って、コーヒーカップを俺の分まで奪ってテーブルに置くと、俺の腰を強引に抱いて、唇を奪った。それに応えるように肩につかまると、いっそうキスは深くなっていく。
「ん…ふ…」
その時だった。玄関の扉が開く音がして思わずびくっと肩を揺らした。
「ただいまー…あら、お客さん?」
母さんの声が階下からして、ふたりで顔を見合わせた。悠が手を離して降参のポーズをとった。さすがにこの状況でスキンシップの続きは無理…だよな。諦めて立ち上がって階下に降りた。悠もついて来ようとしたのでいいよと手のひらで示して部屋に居てもらった。
「お客さん来てるの?」
母さんに聞かれて「悠が来てるよ」と答えると、母さんは嬉しそうに目を見開いた。
「あら!やだ、鳴上君が来るなら先に言いなさいよ。お菓子とか用意しといたのに!鳴上君ー」
そう行って二階へ上がっていく。母さんは悠がバイトのピンチヒッターに入った時に挨拶されたらしく、以前から「礼儀正しくて感じのいい子よねー」と褒めちぎっていた。だからもし紹介する機会があったら改めて悠との関係を説明する気でいた。もしかしたらそのチャンスじゃないだろうか。階段を上がっていく母さんを追って俺も上がった。
「おじゃましてます」
悠が部屋で立ち上がって、お辞儀した。
「そんなうちでかしこまらないでー。いらっしゃい、ゆっくりしていってね。今なにかおやつがないか見てくるから」
「あのさ、母さん…」
俺がこぶしを握って説明しようとすると、悠が俺の意図に気づいたのか、こっちに来て、俺の隣に立った。俺に「大丈夫」と伝えてくれるような落ち着いた視線を送ってくれて、それに勇気づけられて俺は震える声でどうにかしゃべった。
「俺、こいつとつき合ってるんだ。男同士だけど、悠のこと、好きなんだ」
すると母さんは大きく目と口を開けた。何か付け加えたいんだけど、言葉が見つからずにいると、悠が俺の肩に手を置いて母さんに言った。
「お母さん、突然びっくりさせてしまってすみません。だけど俺たち本気です。一生沿い遂げたいって思ってます。一生陽介のこと、大事にします。だからどうか認めていただけないでしょうか」
「あら、あら…まあ」
母さんは言葉が出ないみたいで、お辞儀をする悠と俺とを交互に見比べた。そしてテーブルの上にプリンの皿が置いてあるのに気がついた。
「……プリン、鳴上君のために作ってたのね。あら。ってことは鳴上君、私の息子になるのかしら。嬉しいわあ」
こともなげに母さんはそう言った。びっくりして俺たちは目を見合わせた。
「あんたたち、ジュネスで話してるのを見かけてまるで恋人みたいに仲がいいわねえって思ってたの。でもまさかそこまで話が進んでるとは思わなかった。父さんに話したらびっくりして腰抜かすかもね!ふふっ」
そう言って笑っている母親の寛大さ?に俺たちは言葉が出ない。
すると母さんが俺を見て言った。
「あんたがしたいようになさい。どうせ息子なんていつか嫁に奪われていくもんなのよ。相手が男だって関係ないわ」
「母さん…」
母さんは微笑んで悠の方を見た。
「おっちょこちょいでドジだけど、思いやりだけは誰にも負けない優しい子よ。私が育てた自慢の息子なの。陽ちゃんのことをよろしくね、鳴上君。あ、これからは下の名前で呼んだ方がいいのかしら」
そう首をかしげる母さんに悠は感極まった声で言った。
「悠って呼んでください、お母さん…!」
するとキラッキラした目で母さんは「いいわー、こんなかっこいい息子がもう一人できるなんて夢にも思わなかった。でかしたわ、陽ちゃん!」なんて俺の胸を思いっきりはたくから咳こんでしまった。
「あらやだ、今日ホワイトデーだったわね。私、お邪魔しちゃったかしらー。うふふ、今からジュネスに買い物へ行って三十分は戻らないから。あ、一時間くらいの方がいい?」
などと言うから「気を使われると逆に困るっつの!いつも通りにしててくだせえ!」と頼んだ。あーもう頬が熱くて仕方ない。
「じゃあ夕飯の支度するから悠君も一緒にご飯食べてきなさいよ。クマちゃんも喜ぶわよー」
「それじゃあお言葉に甘えて」
階下に降りていく母親を見送ると思わず苦笑いが漏れた。
「ったく母さんにはかなわないぜ…」
「陽介、ありがとう」
「ん?」
悠を見ると、心から嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「お母さんに紹介するの、勇気がいっただろう。すごく…すごく嬉しかった。ありがとう」
そう言われて、胸がジンとしびれた。
「堂島さんと菜々子ちゃんが俺のことを家族みたいに思ってくれるの、すごく嬉しいんだ。だからいつか機会があったらお前のこと、俺の家族にもちゃんと紹介したいと思ってた。お前が傍にいてくれたから勇気出して言えたんだ。心の準備もなかっただろうに急にこんなことになっちまって悪かったな。今晩、親父にも言うつもりだから、一緒に挨拶してくれるか?」
「もちろんだよ。殴られる覚悟だってある」
「や、それはないと思うけど。大丈夫、俺たちなら」
手を握られて、その手のひらの熱さにたくさんの勇気をもらった。
夕方に帰ってきたクマと、母さんから「なるべく早く帰ってきてね」というメールをもらって夜になって仕事を上がってきた親父と五人で夕食を食べた後、親父に悠のことをちゃんと紹介した。すると親父は飲んでいるお茶を噴いた。むせている親父に母さんはニコニコとした顔でティッシュ箱を差し出した。
「すごくいい子なのよ、悠君。あなたも彼がバイトの応援に来てくれた時のまじめで気がつく様子を見てたでしょ」
「センセーはー、クマの恩人でもあるクマよ」
俺たちの関係を知っているクマと母さんも援護射撃を送ってくれて、びっくりしている親父は説得されるような形で「わかった、わかったから」と手を上げて皆を静まらせた。そしてしばらく考えこんだ後、俺たちに言った。
「男同士だと色々な障害があると思う。結婚してないと出世にも響くし、世間からあれこれ言われ続けることになる。そのことも考えたのか?」
てっきり世間体が悪いこととか言われるのかと思っていた。跡取りのことも。だけど親父は真っ先に俺たちのことを心配してくれた。目の奥がツンとした。
「心配してくれてありがとう、親父。でもこいつとならどんな難しい場面でも乗り切れる、大丈夫って思えるんだ」
「俺もです。お父さんが言うようなこともあるかもしれません。そのことで陽介に辛い思いをさせてしまうかもしれない…。それでも陽介と離れるって選択肢だけは絶対ないんです。ふたりで乗り越えていきたいんです」
ふたりでそう言うと、父さんはふうとため息をついた。
「…お前たちはまだ若い。一生なんて言葉に説得力はない」
「親父…!」
立ち上がると、悠が俺の肩をつかんで制した。最後まで話を聞こうというつもりらしい。俺も気持ちを落ち着かせてイスに座りなおした。
親父は俺たちを見て言った。
「だから様子を見させてもらう。ちゃんと大学に行って就職して、それぞれ身を立てるようになってからだ。その時二人ともまだ気持ちが変わってないんだったら…そうだな、鳴上君、その時は一緒に酒でも飲もう」
「はい…是非…!」
「親父…ありがとな」
親父は「まだ認めたわけじゃないからな」とひとつ咳払いした。その後、俺が作ったプリンを親父と母さんとクマにも食べてもらって和やかな時間が過ぎていった。
「帰っちゃうクマかー。センセー泊まってけばいいのに」
玄関でクマに引き留められたが、悠は箱をかかげて言った。
「陽介にもらったプリンを遼太郎さんと菜々子にも早く食べてもらいたいからね。また来るよ」
そう言って「お邪魔しました」と母さんと親父に丁寧にお辞儀して玄関のドアを開けた。見送ろうと一緒に外へ出た。すっかり日も暮れて辺りは暗くなっていた。寒さが緩んで春が来たのを肌で感じた。
「今日はありがとう。陽介のお父さんとお母さん、強くて優しい人達だな」
「そっか?まあ尊敬はするけどな」
「陽介のこと、愛情こめて育ててきただろうに、俺のこと、ちゃんと認めてくれてすごいよ。八十稲羽を発つ前に挨拶できてよかった。いずれは話したいって思ってたから」
悠が八十稲羽を発つ前に心残りがなければそれでいい。俺は言葉もなくうなずいた。
門扉を開いて悠が外に出た。別れるのがなんだか惜しくて、悠の小指をそっと握ると、悠も俺の指に自分のを絡めてくれて、こっそり手を握り合った。
「俺たちなら大丈夫」
それは俺の言葉だったか、悠の言葉だったか。
額を重ね合わせ、秘密の契約を結ぶみたいにそっと唇を重ね合わせた。
どこかで花のにおいがした。桜の季節がもうすぐやってくる。
ちなみに一条と里中がどうなったかというと。
なんとか後日にふたりで会う約束を取り付けたのだが、偶然喫茶店でクラスメイトの女子達と鉢合わせし、里中が「一緒しようよ」と誘うもんだから、結局合流することになってしまい、デートという雰囲気はいっさいなく、しかも里中の分以外の会計も支払うはめになってしまったという。
一条が哀れすぎて放課後に俺はジュネスで好きなだけ食え、とフードコートでおごってやったのだった。
本文は続きからどうぞ。
最終データをうっかり消失してしまい、元データを拾い上げて修正してたらすっかりホワイトデーを過ぎてしまいました。
遅刻遅刻ー☆(パンくわえ)( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン
なので無料配布していた内容と細かい所が異なっています。
悠君シリーズの合間の話だと思って読んでいただければ幸いです。
シリーズをひとつにまとめた再録本のとらさん通販も良かったらどうぞ→★
ホワイトデーは君と一緒に
・HERO(鳴上 悠)×花村陽介
・悠君シリーズのホワイトデー
・「チョコレート爆弾」既読をお勧めします。(R18のためpixivでのみ掲載→★)
・陽介のお父さんとお母さん捏造
沖奈の街をうろついて、アクセサリーショップやCDショップ、ブランド品やその他アパレルとか色々巡ってはみた。
みたものの。
「見つかんねー…」
はっきり言って途方に暮れていた。この前、バレンタインデーに悠がチョコレートドリンクを菜々子ちゃんと一緒に作ってくれた。その礼も兼ねてホワイトデーは奮発しようと思ってバイト代をお財布に詰め込んで来たものの。悠はあまり物に執着がない。服は母親がブランドものを買ってくるらしく、大切に使えば長く着れるからとそれらを愛用している。アクセの類も身につけない。リストウォッチは父親から進学祝いにともらったものらしく、大切に使っている。そもそも悠はよけいなものがいらないぐらい仕草や言葉遣いが洗練されていてかっこいい。考えれば考えるほどこれ以上彼に足すものなんてない気がしてくる。
「…休憩すっか…」
ため息をついてコーヒーチェーンに入ろうとすると入り口のところで後ろから声をかけられた。
「花村?」
振り向くと、その声の主は一条だった。
「でさー、さんざん探してみたけどピンとくるものがなくてさ。一条、なんか悠から欲しいものとか聞いたことない?」
頼んだカフェラテは思ったより甘くて一口飲むとカップをソーサーに置いた。
「んー。そういうのは聞いたことないなあ。あ、でも」
「でも?」
俺が身を乗り出して尋ねると、一条はやや身体を引いた。
「…花村成分が足りないとかなんとかぼやいてたぜ」
「…は?」
つまりは俺に会えないと言うことらしい。
「そうだっけ?毎日学校で会ってるし、夜はバイトない日は商店街で結構会うし、会わない日も夜に電話で話してるけどなあ」
たしかに話し足りないとかもっと一緒にいたいっていつだって思うけど。我慢してないと言ったら嘘になる。
一条が俺を見ながらブレンドをひと口啜った。
「ったくバカップルだよな、お前ら…」
「は、はあ?どこが?」
一条は「自覚ナシなのか…」と呆然としている。
「お前ら昼休みも一緒に弁当食ってるだろ。しかも鳴上お手製の。ふたりであーんとかやってる現場に遭遇してしまう俺の立場に立ってみろ」
「え、ウソ、見てたの?」
恥ずい。それはかなり。しかし一条は首を振って続けた。
「それだけじゃないよ。窓辺で一緒に外を見ながら話しているうち腕を組んだり、額をこつんとくっつけ合って笑い合ったり…なんかキスでもしそうな雰囲気を醸してるんだよ…」
「わーわーわーそれ以上言わないであげて!」
一条にはすでに悠との関係を打ち明けている。だけど、そういうシーンを見られるのは別格の恥ずかしさがある。客観的に言われると恥ずかしさのあまり頭が噴火しそうだ。
「…あーうらやましい…」
「ん?」
その言い方には嫌みはなく、本当に羨ましいという気持ちが込められているようで、一条をまじまじ見た。想い悩む顔は苦々しい。
「もしかして里中とそういう風になりたいとか思ってんの?そういや今日は里中へのお返しを探してるんだっけ」
尋ねると、一条は首から耳まで真っ赤に染め上げた。
「里中さんには全然気づいてもらえないんだけどな…この前のバレンタインデーも」
と悲しげに語りだしたのはバレンタインデーでの出来事。
里中にチョコをもらいたくてうちのクラスに用事もないのに休み時間ごとに出入りしていた一条は、午後になってついに里中から声をかけられた。ちなみに俺もその現場に居合わせていた。
『あ、もしかして一条君もこれ食べたかったの?はい、あげる。貴重な一枚だから噛みしめて食べてね!』
呼びとめられて歓喜を隠そうともしない一条が里中からもらった物はあの、どこで売っているのかもわからない、伝説の「肉ガム」だったという…。里中よ、男心をもうちょっと勉強しようぜ…!
「いや、里中さんからもらった物だしすげー嬉しかったよ!記念にとっておこうか迷ったあげく、里中さんと話すきっかけになるかなって思って食べたんだけど………あのガム、一体なにでできてるんだ?ここだけの話、俺には……」
「皆まで言うな…!この世であれを旨いと言うのは里中だけだ」
一条がうなだれているので肩にぽんと手を置いた。
「まあ、この前の肉ガムのお礼っつって、沖奈のカフェとかで奢ってお返しすれば?デートのいい口実になるじゃん。物も嬉しいけど思い出作りっつーのが大事じゃん?あとは相手の大事にしてるものが判る贈り物とかあったら嬉しいと思うぜ…あ」
自分の言葉に思いがけずヒントが隠されていた。
きっと悠なら何をあげたって喜んでくれるだろう。大切なのは物じゃなくて一緒に思い出を作って心を通わせることじゃないだろうか。
「うん…なんか見えてきた気がする。サンキュ、一条」
「礼を言うのは俺の方だって!物をあげることばっか考えてたけど、そうだよな。それを口実にデートに誘うことだってできるんだよな」
「おう、応援してるぜ」
悠が友達だった頃だったらここまでプレゼント選びに悩まなかっただろう。特別だからこそ悩むし、ちょっとしたことでも気合いが入っちまう。自分の中で悠がこんなにも特別な存在になるとは出会った頃は思わなかった。
「…よし。俺、買い物して来る」
甘いカフェオレをなんとか飲み干して立ち上がると、一条は「元気出たみたいだな。俺もカフェをいくつかリサーチしてから帰るから。じゃあまた学校で」と手を振って見送ってくれた。
ホワイトデー当日、悠は教室でチョコレートをくれたひとりひとりに手作りのマフィンを手渡していた。悠が転校するのでお別れの言葉を告げる子達もいて、丁寧にお礼を返していた。それをなんとはなしに見ていた。
「あ、あ、あ、あの、里中さん!」
「一条君じゃん、どしたの?」
斜め前の席に座っている里中の元に緊張した面もちでやって来たのは可哀想なくらい固まっている一条だ。
「この前の肉ガムのお礼に。よ、良かったら今日の放課後、ケーキの美味しいお店でご馳走させてもらえないかな」
いい調子だ。心の中でエールを送る。すると里中は手を振った。
「ごめーん、今日の放課後は雪子たちとバレンタインのお返しってことで女子会なんだ。っていうか肉ガム、そんなに気に入ってくれたんだ!やーこの味をわかるなんて一条君もなかなか通だねえ。よし!奮発してもう一枚あげるね、はい!」
里中の向こうで天城が笑いをこらえている。そりゃそうだ。しかもホワイトデーのお返しだとは気づいていない様子。しかも肉ガムを追加するなんて誰が予想できただろうか。これはもうストレートに告白する以外道はないんじゃねーの?
「里中、一条がお前になんか話したいことがあるんだってさ。屋上でも行ってきたら?」
「は、花村っ!?」
里中がそれを聞いて一条を見た。
「え?そうなの?んじゃ行こっか」
「あ、う、うん!」
里中の後をカチコチになった一条が同じ側の手と足を一緒に動かしてついて行く。そのわき腹に拳で小突いた。
「男、見せろよ」
小声でそう声をかけると、滝のように汗をかいている一条が「お、お、おう…」とめっちゃ気弱な感じで頷いた。大丈夫か、あれ…。
二人を見送っていると、悠が自分の席に戻ってきた。
「どうしたんだ、あれ?」
「んーどうなるんだろうな」
天城はいまだに笑いが治まらないらしく、「に、肉ガム追加って…千枝…ひどすぎ…!」と机につっぷしていた。
「なあ、悠。今日の放課後って空いてる?」
そっと小声で訪ねると、悠がにいっと心底嬉しそうに笑った。
「そう言ってくれると思って空けてある。期待してもいいのか?」
「あ、あんま期待しすぎるとガッカリするかもよ…」
「ガッカリ王子なだけに?」
「それは言わないであげて…」
放課後になってふたりで一緒に帰り、俺の家に来てもらった。
「なんか前にこの家に来たことを思い出すなあ」
ふたりで階段を上がっていると、悠が遠い目をしながら言った。
「ああ、そういえば。釣った魚を見せに来てくれたっけな」
「あの頃は陽介、俺のことを全然意識してなかったよね。陽介のことを好きな俺を簡単に部屋に上げようとして」
言われてみて初めて気がついた。確かにあの頃は悠のことをダチとしか見てなかった。
「ご、ごめん!あの頃は俺、お前ってダチができて浮かれてたから…」
部屋のドアを開けて招き入れると、悠は辺りを見回した。
「ううん。今はこうして両想いになって招き入れられたんだから、喜びもひとしおだよ。それにしてもけっこう物が多いんだな」
「う…あんま見んなよ」
「陽介だって俺の部屋のお宝を探してただろ?」
「あの時はすんませんっした…!」
本当にあの頃の俺は無神経にも程がある。俺のことを好きな悠の気持ちを考えず部屋を漁って一体何を探すというのだろう。反省をしていると、悠が飾ってあったギターにそっと指で触れた。その愛おしそうな眼差しに思わずドキッとした。
「あっ…と。俺、ホワイトデーのお返しを用意してくるから。適当に座ってて」
「うん」
部屋を出ると階段を降りて冷蔵庫を開けた。バレンタインデーの時、悠もこんな気持ちでホットチョコを用意してたのかな。緊張とそれだけじゃない鼓動の速さを自覚した。
「おまたせ」
片足でドアを開けると、持っていたお盆をテーブルの上に置いた。ベッドの方を向いていた悠が振り返って目を見開いた。
「これ…ってもしかして陽介が?」
「クッキーとかケーキとかいろいろ考えたんだけどさ。お前から聞く食べ物の話でプリンが多いから結構好きなのかなって作ってみたんだけど…」
悠の前に置いたのはプリン。
何回か試作品を作って、納得いく仕上がりになったのは昨日だった。色々レシピを見てかぼちゃとか豆乳を入れたプリンとかも考えたけど、結局一番シンプルなプリンにホイップした生クリームを乗せて飾りに缶詰のさくらんぼを乗せてみた。
前に悠が話してくれたことがある。子どもの頃両親と行ったレストランで食べたプリンアラモードがとても美味しかったのだと。今でもプリンが好きで、冷蔵庫に入っていた菜々子ちゃんのプリンを食べてしまったのだとも言っていた。悠にとってプリンは幸せの象徴みたいなものかも、と思って作ってみた。
悠は感動したのか目を大きく見開いて、じっとプリンを見つめた。
「陽介の手作り…」
「味は悪くないと思うけど…た、食べてみて」
「うん。いただきます」
陶器のカップをもちあげて、悠がプリンをスプーンですくった。食べた時の反応が気になって、ついじっと見てしまう。悠は口に含むと、柔らかな笑みを浮かべた。
「美味しい…優しい味だな」
「よ、良かったーーー!」
思わず脱力して床に伏した。
「陽介の分もあるんだろ?一緒に食べよう」
そう声をかけられて、「おう!」と元気よく返事したら悠にふっと笑われてしまった。
「そんなに緊張することないのに。陽介が作ってくれるものなら何だって美味しく感じるだろうし。俺の好きな物を覚えてくれてたの、すごく…すごく嬉しい」
「や、まずいならちゃんとまずいって言ってくれた方が今後のためだぜ?つーかそんな大したことじゃないって」
悠は首をふるふると振った。
「だって陽介が俺のために愛情込めて作ってくれたんだろ?その気持ちだけですごく嬉しいから。それにさっきの言い方からするとプリン、作るの練習してくれたんじゃないか?」
「まあ、いきなり本番で失敗してお前にまずいのは食わせたくなかったし。クマってちょうどいい練習台もいたしな」
「そういう時間も含めて、俺のことを考えてくれたんだって思うとすごく嬉しいよ。ありがとう、陽介」
「へへ、どういたしまして。つか、それ、俺が言いたいことだから。いつもうまい弁当を作ってくれたりさ、バレンタインの時も、ホットチョコを作ってくれてすげー嬉しかったんだ。男とか女とか関係なく手料理って嬉しいもんだなって思って、だからそのお返し。あ、菜々子ちゃんと堂島さんの分もあるから後で持って帰ってくれよな」
「ありがとう、陽介」
「悠にはもうひとつお返しがあるんだ」
学習机の引き出しを開け、入れてあった包みを出して悠に手渡した。
「…開けてもいい?」
「もちろん」
悠は丁寧に包みを開けて中身を取り出した。中から現れたダークブラウンを見て、顔を上げた。
「キーホルダー?」
「そ。悠って実家と堂島さんちの鍵とバイクの鍵があるだろ?今使ってるキーホルダーだと重なって使い辛そうだったから」
悠が今使っているものはすごくシンプルな輪っかのキーホルダーで、堂島家の鍵の開け閉めをする時に他の鍵と重なって使い辛そうにしてたのを何度か見たことがある。だからそれぞれ独立して付けたり外したりできるタイプのキーホルダーを選んで買った。
「俺も同じのを色違いの赤で持ってるんだ。家の鍵とバイクの鍵と、あとジュネスで倉庫の鍵を預かったりするからさ。付け外しやすくて結構便利だぜ」
「ありがとう、陽介。さっそく使わせてもらうよ」
そう言って持っている鍵を付け替えた。チェーンをベルトループに通して鍵を尻ポケットに入れた。本革の部分が大人びた雰囲気の悠に似合いそうだと思ってダークブラウンを選んだ。
「うん、良く似合ってる」
「陽介のと揃いなんて嬉しいな。大切にする」
あげる前は自己満足なんじゃないかってあげるかどうか迷ったりした。だけどふわっと心から嬉しそうな笑顔を見せてくれて、やっぱりあげて良かったと胸の中があったかなもので満たされた。
なんとなく気恥ずかしくて自分のプリンをかきこむように食べた。
その後ベッドを背もたれにして肩を並べてコーヒーを飲んだ。
「そういえば引っ越しの荷作りって進んでる?手伝った方がいいか?」
悠はちょっとだけ淋しさをにじませた瞳で言った。
「もともとの荷物は少ないんだけど、持って帰りたいものが多くて選別に迷ってる。みんなからもらった思い出の品とか自分で作ったプラモデルとかもあるし」
「いいじゃん、ぜんぶ持っていってやれよ。そうした方が物たちも喜ぶって」
そう言うと、悠はふわりと笑みを浮かべた。そして辺りをゆっくり見回した。
「うん、そうだね。この部屋を見てると、陽介のお気に入りはみんな大事にされてるって感じがする。陽介に大切にされてて幸せだろうな」
「俺は物に恋しちゃう方だからな。気に入ったもんはずっと大事にするよ」
悠も含めて。心の中でそう付け加えた。
「お前だってそうだろ?思い出の品も、みんなも大事にしてくれる。俺のことも、置いてっても大事にしてくれるんだろう?」
少しの不安と胸いっぱいの寂しさを悟られないように笑ってみせた。
すると肩の上に悠が頭を乗せてきた。
「陽介も持って帰ることができたらいいのにな…」
呟くような低い声は切ない響きを含んでいて、胸がつまるような想いをした。悠も寂しいんだ。自分ばかりじゃない。むしろ悠は俺たち誰ひとりとも傍にいられないんだから、寂しさは俺の比じゃないはずだ。
雰囲気が暗くなってしまわないように、わざと冗談っぽく返した。
「人は持って帰っちゃいけません…。けど会いに行くから。お前のご両親にも会う覚悟は決めてるから。お前も八十稲羽に来いよ」
「ああ」
悠は顔を上げると、少し泣きそうな顔で微笑んだ。
「最近みんなへの挨拶まわりでゆっくり陽介と話ができなかったから、こうして話せて良かった」
「そうだな。俺もホワイトデー売場で忙しかったしなあ」
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、桂木君にはお返ししたの?」
「え?…あ」
そもそもあれはバレンタインのチョコに当たるんだろうか。そう思っていたから桂木へのお返しは頭の中になかった。
「そういやそうだった。後でジュネスの売場に行ってくるかな」
「いらないだろ」
きっぱりと悠が言ってのけるので苦笑した。
「やー、アレでも一応くれたんだし…」
「いらない。やらないで。桂木君を期待させるようなことはしないで。俺を不安にさせるようなことはしないでくれ」
そう言われて、胸が甘いものでいっぱいになって苦しくなった。
「ズルい…普段は言わないのに、こういう時だけワガママ言うのはズルい」
そう拗ねてみせると、悠が俺の髪に触れてきた。長い指で梳いて、愛おしさを瞳いっぱいににじませて囁いた。
「陽介のこと、独占させてよ。ホワイトデーなんだから」
「ん…」
唇でねだるように頬を、口端をつつかれて、くすぐったくて笑いがこみ上げてくる。
「お前にそうやって甘えられるの、なんか嬉しいな」
「それじゃ、遠慮なく甘える」
そう言って、コーヒーカップを俺の分まで奪ってテーブルに置くと、俺の腰を強引に抱いて、唇を奪った。それに応えるように肩につかまると、いっそうキスは深くなっていく。
「ん…ふ…」
その時だった。玄関の扉が開く音がして思わずびくっと肩を揺らした。
「ただいまー…あら、お客さん?」
母さんの声が階下からして、ふたりで顔を見合わせた。悠が手を離して降参のポーズをとった。さすがにこの状況でスキンシップの続きは無理…だよな。諦めて立ち上がって階下に降りた。悠もついて来ようとしたのでいいよと手のひらで示して部屋に居てもらった。
「お客さん来てるの?」
母さんに聞かれて「悠が来てるよ」と答えると、母さんは嬉しそうに目を見開いた。
「あら!やだ、鳴上君が来るなら先に言いなさいよ。お菓子とか用意しといたのに!鳴上君ー」
そう行って二階へ上がっていく。母さんは悠がバイトのピンチヒッターに入った時に挨拶されたらしく、以前から「礼儀正しくて感じのいい子よねー」と褒めちぎっていた。だからもし紹介する機会があったら改めて悠との関係を説明する気でいた。もしかしたらそのチャンスじゃないだろうか。階段を上がっていく母さんを追って俺も上がった。
「おじゃましてます」
悠が部屋で立ち上がって、お辞儀した。
「そんなうちでかしこまらないでー。いらっしゃい、ゆっくりしていってね。今なにかおやつがないか見てくるから」
「あのさ、母さん…」
俺がこぶしを握って説明しようとすると、悠が俺の意図に気づいたのか、こっちに来て、俺の隣に立った。俺に「大丈夫」と伝えてくれるような落ち着いた視線を送ってくれて、それに勇気づけられて俺は震える声でどうにかしゃべった。
「俺、こいつとつき合ってるんだ。男同士だけど、悠のこと、好きなんだ」
すると母さんは大きく目と口を開けた。何か付け加えたいんだけど、言葉が見つからずにいると、悠が俺の肩に手を置いて母さんに言った。
「お母さん、突然びっくりさせてしまってすみません。だけど俺たち本気です。一生沿い遂げたいって思ってます。一生陽介のこと、大事にします。だからどうか認めていただけないでしょうか」
「あら、あら…まあ」
母さんは言葉が出ないみたいで、お辞儀をする悠と俺とを交互に見比べた。そしてテーブルの上にプリンの皿が置いてあるのに気がついた。
「……プリン、鳴上君のために作ってたのね。あら。ってことは鳴上君、私の息子になるのかしら。嬉しいわあ」
こともなげに母さんはそう言った。びっくりして俺たちは目を見合わせた。
「あんたたち、ジュネスで話してるのを見かけてまるで恋人みたいに仲がいいわねえって思ってたの。でもまさかそこまで話が進んでるとは思わなかった。父さんに話したらびっくりして腰抜かすかもね!ふふっ」
そう言って笑っている母親の寛大さ?に俺たちは言葉が出ない。
すると母さんが俺を見て言った。
「あんたがしたいようになさい。どうせ息子なんていつか嫁に奪われていくもんなのよ。相手が男だって関係ないわ」
「母さん…」
母さんは微笑んで悠の方を見た。
「おっちょこちょいでドジだけど、思いやりだけは誰にも負けない優しい子よ。私が育てた自慢の息子なの。陽ちゃんのことをよろしくね、鳴上君。あ、これからは下の名前で呼んだ方がいいのかしら」
そう首をかしげる母さんに悠は感極まった声で言った。
「悠って呼んでください、お母さん…!」
するとキラッキラした目で母さんは「いいわー、こんなかっこいい息子がもう一人できるなんて夢にも思わなかった。でかしたわ、陽ちゃん!」なんて俺の胸を思いっきりはたくから咳こんでしまった。
「あらやだ、今日ホワイトデーだったわね。私、お邪魔しちゃったかしらー。うふふ、今からジュネスに買い物へ行って三十分は戻らないから。あ、一時間くらいの方がいい?」
などと言うから「気を使われると逆に困るっつの!いつも通りにしててくだせえ!」と頼んだ。あーもう頬が熱くて仕方ない。
「じゃあ夕飯の支度するから悠君も一緒にご飯食べてきなさいよ。クマちゃんも喜ぶわよー」
「それじゃあお言葉に甘えて」
階下に降りていく母親を見送ると思わず苦笑いが漏れた。
「ったく母さんにはかなわないぜ…」
「陽介、ありがとう」
「ん?」
悠を見ると、心から嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「お母さんに紹介するの、勇気がいっただろう。すごく…すごく嬉しかった。ありがとう」
そう言われて、胸がジンとしびれた。
「堂島さんと菜々子ちゃんが俺のことを家族みたいに思ってくれるの、すごく嬉しいんだ。だからいつか機会があったらお前のこと、俺の家族にもちゃんと紹介したいと思ってた。お前が傍にいてくれたから勇気出して言えたんだ。心の準備もなかっただろうに急にこんなことになっちまって悪かったな。今晩、親父にも言うつもりだから、一緒に挨拶してくれるか?」
「もちろんだよ。殴られる覚悟だってある」
「や、それはないと思うけど。大丈夫、俺たちなら」
手を握られて、その手のひらの熱さにたくさんの勇気をもらった。
夕方に帰ってきたクマと、母さんから「なるべく早く帰ってきてね」というメールをもらって夜になって仕事を上がってきた親父と五人で夕食を食べた後、親父に悠のことをちゃんと紹介した。すると親父は飲んでいるお茶を噴いた。むせている親父に母さんはニコニコとした顔でティッシュ箱を差し出した。
「すごくいい子なのよ、悠君。あなたも彼がバイトの応援に来てくれた時のまじめで気がつく様子を見てたでしょ」
「センセーはー、クマの恩人でもあるクマよ」
俺たちの関係を知っているクマと母さんも援護射撃を送ってくれて、びっくりしている親父は説得されるような形で「わかった、わかったから」と手を上げて皆を静まらせた。そしてしばらく考えこんだ後、俺たちに言った。
「男同士だと色々な障害があると思う。結婚してないと出世にも響くし、世間からあれこれ言われ続けることになる。そのことも考えたのか?」
てっきり世間体が悪いこととか言われるのかと思っていた。跡取りのことも。だけど親父は真っ先に俺たちのことを心配してくれた。目の奥がツンとした。
「心配してくれてありがとう、親父。でもこいつとならどんな難しい場面でも乗り切れる、大丈夫って思えるんだ」
「俺もです。お父さんが言うようなこともあるかもしれません。そのことで陽介に辛い思いをさせてしまうかもしれない…。それでも陽介と離れるって選択肢だけは絶対ないんです。ふたりで乗り越えていきたいんです」
ふたりでそう言うと、父さんはふうとため息をついた。
「…お前たちはまだ若い。一生なんて言葉に説得力はない」
「親父…!」
立ち上がると、悠が俺の肩をつかんで制した。最後まで話を聞こうというつもりらしい。俺も気持ちを落ち着かせてイスに座りなおした。
親父は俺たちを見て言った。
「だから様子を見させてもらう。ちゃんと大学に行って就職して、それぞれ身を立てるようになってからだ。その時二人ともまだ気持ちが変わってないんだったら…そうだな、鳴上君、その時は一緒に酒でも飲もう」
「はい…是非…!」
「親父…ありがとな」
親父は「まだ認めたわけじゃないからな」とひとつ咳払いした。その後、俺が作ったプリンを親父と母さんとクマにも食べてもらって和やかな時間が過ぎていった。
「帰っちゃうクマかー。センセー泊まってけばいいのに」
玄関でクマに引き留められたが、悠は箱をかかげて言った。
「陽介にもらったプリンを遼太郎さんと菜々子にも早く食べてもらいたいからね。また来るよ」
そう言って「お邪魔しました」と母さんと親父に丁寧にお辞儀して玄関のドアを開けた。見送ろうと一緒に外へ出た。すっかり日も暮れて辺りは暗くなっていた。寒さが緩んで春が来たのを肌で感じた。
「今日はありがとう。陽介のお父さんとお母さん、強くて優しい人達だな」
「そっか?まあ尊敬はするけどな」
「陽介のこと、愛情こめて育ててきただろうに、俺のこと、ちゃんと認めてくれてすごいよ。八十稲羽を発つ前に挨拶できてよかった。いずれは話したいって思ってたから」
悠が八十稲羽を発つ前に心残りがなければそれでいい。俺は言葉もなくうなずいた。
門扉を開いて悠が外に出た。別れるのがなんだか惜しくて、悠の小指をそっと握ると、悠も俺の指に自分のを絡めてくれて、こっそり手を握り合った。
「俺たちなら大丈夫」
それは俺の言葉だったか、悠の言葉だったか。
額を重ね合わせ、秘密の契約を結ぶみたいにそっと唇を重ね合わせた。
どこかで花のにおいがした。桜の季節がもうすぐやってくる。
ちなみに一条と里中がどうなったかというと。
なんとか後日にふたりで会う約束を取り付けたのだが、偶然喫茶店でクラスメイトの女子達と鉢合わせし、里中が「一緒しようよ」と誘うもんだから、結局合流することになってしまい、デートという雰囲気はいっさいなく、しかも里中の分以外の会計も支払うはめになってしまったという。
一条が哀れすぎて放課後に俺はジュネスで好きなだけ食え、とフードコートでおごってやったのだった。
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No.180|主花SS|Comment(0)|Trackback