ワンドロ主丸SS「胡蝶の幸福」
2020/06/14(Sun)21:00
プチオンリー企画のワンドロSS
テーマは「幸福」
バッドエンドネタ注意、丸喜先生少なめ、明智君多め。
主丸のつもりで書いてますがカップリング要素うすめ、全年齢向けです。
本文は続きリンクからどうぞ。
「君にとって、幸せってどんなことかな?」
丸喜はカウンセリングの時間、俺を覗き込むようにしてそう口にした。
「幸せ…ですか」
幸せとは漠然としたものだと思う。たとえば、仲間たちと遊んだり、くだらないことを言って笑い合っている時間は幸せだ。ルブランで惣治郎と双葉とおしゃべりしながら食事をする時間も幸せだと思う。モルガナが帰ってきてくれて、一緒に眠った時も幸福だった。
大切な人と過ごす時間は幸福だと思う。
それに…
「今、こうして丸喜と話している時間が幸せだ」
言葉にして伝えると、ビックリしたように丸喜が目を大きく見開いた。
「それは…何て言ったら良いのか。光栄で、嬉しい……かな」
気持ちに当てはまる言葉を探るようにして、丸喜は真摯に伝えてくれた。
丸喜もこの時間を幸せだと思ってくれたなら嬉しい。辛い出来事があって、だからこそ研究を完成させたいという丸喜には、誰よりも幸せになってほしいと思う。そのためにできることがあれば何だってしたい。そして、できるならその傍にずっと一緒にいたい。そう、密かに願った。
「丸喜は何に幸せを感じる?」
「僕…?」
丸喜はきょとんとした顔をした。が、やがて口元に笑みを浮かべ、強い信念を感じさせる眼差しで俺を見た。
「僕にとっての幸せはね、君たちが幸福になることだよ」
「チェックメイト」
気がつくと明智とのチェスは彼の勝利で終わっていた。見渡すとそこはルブランの客席で、俺と明智の他は誰もいない。
「どうしたの? ぼんやりした顔で」
何と言葉にすれば良いのかわからない。目の前で明智は楽しそうにしている。俺も元の学校に戻らずにここに居候させてもらえて、仲間たちと一緒にいられて幸福だと思うのに、みな幸せそうに笑っていて嬉しいと思うのに、何でだろう。
この引き裂かれるような胸の痛みはどこからくるのだろう。何かとても大切なものを失ってしまった気がする。心の芯にあるはずの大切な何かを抉り取られてしまったような、ぽっかりと開いてしまった傷口に風が吹いて痛むような、そんな気持ちにとらわれた。
「…何を泣いているんだい」
「え?」
明智の言葉に、自分が涙を流していることに気がついた。幸せなのに、どうして。
「ヘンだな…わからない」
わからないことが辛い。いつかこの痛みも消えるんだろうか。いや、この痛みが消えてしまうのも嫌だ。
「…どうしてだろう。今、自分が此処にいることが不自然な気がする」
そう伝えると、明智は「ふうん」と相づちを打った。
「それって『胡蝶の夢』かな」
「荘子か」
「ご名答」
夢の中で胡蝶がひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか。そういう説話だ。確かにそれに近いかもしれない。もしかしたらこの現実は俺という蝶が見ている夢なのかもしれない。
「蝶…」
そのフレーズに、姿に、何かを思い出しかけた気がする。だけど、頭にモヤがかかってうまく思い出せない。
明智は何か考えているように眉根を寄せたが、やがて息で笑った。
「たとえ俺たちが『蝶』だったとしてどうする?」
「……それもそうか」
たとえ胸が痛んだとしても、ぽっかりと穴が開いたような気持ちだとしても。一体何ができようか。どうすることもできない。俺たちはこの世界で生きるほかないのだから。
明智は悪戯っぽく片目を瞑り、両手を大げさに広げた。
「それともこの話題、勝負をうやむやにしようとする君の作戦なのかな?」
「まさか。今回は俺の負けだ。今、コーヒーを用意する」
コーヒーの準備をしようと立ち上がって、カウンターの中に入ろうとした時だった。一瞬、視界の隅、店の外に誰か懐かしい人の姿を捉えた気がした。
慌てて身体の向きを変え、走り、ルブランのドアを押し開けた。
「どうしたの?」
「…いや。気のせいか…」
辺りを見渡したが、誰もいなかった。ただ、ドアベルの音だけが響き渡った。店の中に風が吹き抜けて、胸の中はまたざわめいたけれど、その理由を教えてくれる人は誰もいなかった。
テーマは「幸福」
バッドエンドネタ注意、丸喜先生少なめ、明智君多め。
主丸のつもりで書いてますがカップリング要素うすめ、全年齢向けです。
本文は続きリンクからどうぞ。
「君にとって、幸せってどんなことかな?」
丸喜はカウンセリングの時間、俺を覗き込むようにしてそう口にした。
「幸せ…ですか」
幸せとは漠然としたものだと思う。たとえば、仲間たちと遊んだり、くだらないことを言って笑い合っている時間は幸せだ。ルブランで惣治郎と双葉とおしゃべりしながら食事をする時間も幸せだと思う。モルガナが帰ってきてくれて、一緒に眠った時も幸福だった。
大切な人と過ごす時間は幸福だと思う。
それに…
「今、こうして丸喜と話している時間が幸せだ」
言葉にして伝えると、ビックリしたように丸喜が目を大きく見開いた。
「それは…何て言ったら良いのか。光栄で、嬉しい……かな」
気持ちに当てはまる言葉を探るようにして、丸喜は真摯に伝えてくれた。
丸喜もこの時間を幸せだと思ってくれたなら嬉しい。辛い出来事があって、だからこそ研究を完成させたいという丸喜には、誰よりも幸せになってほしいと思う。そのためにできることがあれば何だってしたい。そして、できるならその傍にずっと一緒にいたい。そう、密かに願った。
「丸喜は何に幸せを感じる?」
「僕…?」
丸喜はきょとんとした顔をした。が、やがて口元に笑みを浮かべ、強い信念を感じさせる眼差しで俺を見た。
「僕にとっての幸せはね、君たちが幸福になることだよ」
「チェックメイト」
気がつくと明智とのチェスは彼の勝利で終わっていた。見渡すとそこはルブランの客席で、俺と明智の他は誰もいない。
「どうしたの? ぼんやりした顔で」
何と言葉にすれば良いのかわからない。目の前で明智は楽しそうにしている。俺も元の学校に戻らずにここに居候させてもらえて、仲間たちと一緒にいられて幸福だと思うのに、みな幸せそうに笑っていて嬉しいと思うのに、何でだろう。
この引き裂かれるような胸の痛みはどこからくるのだろう。何かとても大切なものを失ってしまった気がする。心の芯にあるはずの大切な何かを抉り取られてしまったような、ぽっかりと開いてしまった傷口に風が吹いて痛むような、そんな気持ちにとらわれた。
「…何を泣いているんだい」
「え?」
明智の言葉に、自分が涙を流していることに気がついた。幸せなのに、どうして。
「ヘンだな…わからない」
わからないことが辛い。いつかこの痛みも消えるんだろうか。いや、この痛みが消えてしまうのも嫌だ。
「…どうしてだろう。今、自分が此処にいることが不自然な気がする」
そう伝えると、明智は「ふうん」と相づちを打った。
「それって『胡蝶の夢』かな」
「荘子か」
「ご名答」
夢の中で胡蝶がひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか。そういう説話だ。確かにそれに近いかもしれない。もしかしたらこの現実は俺という蝶が見ている夢なのかもしれない。
「蝶…」
そのフレーズに、姿に、何かを思い出しかけた気がする。だけど、頭にモヤがかかってうまく思い出せない。
明智は何か考えているように眉根を寄せたが、やがて息で笑った。
「たとえ俺たちが『蝶』だったとしてどうする?」
「……それもそうか」
たとえ胸が痛んだとしても、ぽっかりと穴が開いたような気持ちだとしても。一体何ができようか。どうすることもできない。俺たちはこの世界で生きるほかないのだから。
明智は悪戯っぽく片目を瞑り、両手を大げさに広げた。
「それともこの話題、勝負をうやむやにしようとする君の作戦なのかな?」
「まさか。今回は俺の負けだ。今、コーヒーを用意する」
コーヒーの準備をしようと立ち上がって、カウンターの中に入ろうとした時だった。一瞬、視界の隅、店の外に誰か懐かしい人の姿を捉えた気がした。
慌てて身体の向きを変え、走り、ルブランのドアを押し開けた。
「どうしたの?」
「…いや。気のせいか…」
辺りを見渡したが、誰もいなかった。ただ、ドアベルの音だけが響き渡った。店の中に風が吹き抜けて、胸の中はまたざわめいたけれど、その理由を教えてくれる人は誰もいなかった。
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No.294|主丸SS|Comment(0)|Trackback