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ラフレシ庵+ダブルメガネ


【主丸SS】雨待ち保健室

2024/09/10(Tue)21:41

最近長雨だった時に思い浮かんだ主丸SSを書きました。
主人公名 暁 透流(あかつき とおる)

本文はつづきリンクからどうぞ~




 雨がアスファルトに叩きつけられている。湿度とムンと匂い立つ雨の匂いが肺いっぱいに充満する。スマホを改めて見直したが電車の運転再開のメドはたっていない。
「はあ……」
 落雷、豪雨の影響で電車が各地でストップし始めたという校内放送があって生徒も先生もこぞって早退したらしい。らしいというのは授業中に居眠りをしていたからだ。居眠りをしても良い川上の授業だったから安心しきってぐっすり眠ってしまった。
 杏はモルガナには声をかけてくれたようだが「疲れてそうだから起こさないでおく。今日はこんな天気だし集合はナシね」とモルガナから伝言された。
「まあしばらく待てば再開するか……」
「どこで過ごすんだ?」
 通学バッグの中のモルガナが視線を上げてこちらを見ている。
「そうだな……丸喜のところへ行ってみる」
 真っ先に丸喜の顔が浮かんだが、今日は丸喜と約束している曜日でもない。もう帰ってしまったかもしれない。でも運が良ければ会えるかも。ほのかな期待を抱いて保健室の方へと歩き出した。
 すると保健室の前に丸喜が立っていた。嬉しくて思わずガッツポーズをとる。
「オレ様はその辺で待ってるぜ」
 モルガナがカバンから降りた。
「ああ。また後で」
 モルガナを見送ってから振り返ると、丸喜がこちらに気づいて手を振った。今日はいつもの白衣を身につけていない。
「やあ、暁君。もしかして電車に乗りそこなっちゃった?」
 保健室の前に丸喜が立っていた。
「はい」
「そっかあ。僕もカウンセリングはお休みの日なんだけど保健室に忘れ物をしちゃってね。取りに来たらこの有様だよ」
 そう良いながら頭を掻いている。
「丸喜らしいな」
「でも君に会えたから僕にとってはラッキーデーだよ。今日はコーヒーしかないんだけど電車が動くまで良かったら保健室で過ごしていって」
「はい。是非」
 うなずくと、丸喜は笑顔で保健室のドアを開けてくれた。
「じゃあどうぞ」
 保健室に入りながらふと気がついた。
「……今日はカウンセリングがないのに、どうして保健室の前にいたんですか?」
 忘れ物を取りに来ただけなら保健室の前で待っている必要はないだろう。
「え?」
 丸喜はぽかんとした顔で俺を見た。
「あ……そうだよね。何でかな。この時間に待ってたらもしかしたら君に会えるかもって思ったんだ」
 いつもの曜日じゃないのにね。そう呟く丸喜を抱きしめたくなった。
自分もそうだと言いたかった。約束はしてないけれど丸喜に会いたくて自然と保健室に向かっていた。待っていてくれて笑顔を見せてくれた。それだけのことがこんなにも胸をあたたかくしている。
「今日はお菓子もないし研究の話はナシにしよう。電車が再開するまで、君にとってはつまらない話かもしれないけどこの前あったことを聞いてくれるかい?」
「はい。聞きたいです」
 そう頷くと、丸喜はふわっと微笑んでくれた。
「ありがとう。君の話も良かったら聞かせてほしい」


「はい、どうぞ。美味しいコーヒーを飲み慣れている君には物足りないだろうけど」
「ありがとうございます」
 カップに入れてくれたインスタントコーヒーからは湯気が立ち、いつもより美味しく感じる。
「暁君。こっちで飲まない?」
 丸喜が奥から手招きするので保健室の奥へと行った。グラウンドへと通じるドアの前にある段差に腰かけている。その隣を空けてくれているので座っても良いんだろうか。座ってみると肩と肩が触れそうなくらい近い。
 丸喜はドアの上半分についている透明ガラス越しに外を見た。
「ここからなら外の様子がわかるし、雨を見ながらのコーヒータイムもなかなかオツじゃない?」
 少し悪戯っぽい瞳で笑う横顔が可愛くて、思わず顔を突っ伏してメガネのブリッジを支えた。今、俺はすごく変な顔をしているに違いない。
「暁君? どうかした?」
「何でもないです。話があればどうぞ」
「あ、うん。この前不思議なことがあってね……」
 丸喜はこの前寸借詐欺にあった話をした。そういえばこの前、電話越しにそれっぽい会話をしていたな。しかも今、俺に指摘されて初めて詐欺だと気づいたらしい。
「そっか。善意を利用しようとするなんて悲しいね。その人は人が信じられなくなるようなことでもあったのかな」
「人を騙すようなヤツにそこまで心を寄せなくてもいいと思う」
「僕のことを気にしてくれているのかな。ありがとう」
 ふわりと微笑んでくれて、それだけで胸が幸せに満たされる。
「暁君?」
 丸喜が俺の顔を覗き込んできて、思わずハッとした。
 そういう風に感じるのは丸喜がカウンセラーだから?
 自分の気持ちをあたかもすべて受け入れてくれたように感じるから?
 丸喜のこととなると冷静な判断ができない。天国と地獄を行ったり来たりと忙しないこの気持ちも俺の独りよがりなんだろうか。それとも。
「……丸喜って俺のこと、どう思う?」
 丸喜はきょとんと目を見開いて「え?」と顔を傾けた。
「暁君はすごくしっかりしているなって思うよ。僕が高校生の時とは全然違う。それに勘違いしている人も多いけど本当は困っている人がいると助けようとする、勇気も優しさもあるよね。バレー部の子に話を聞いたよ。部外者なのに状況を変えようと頑張ってくれたって」
 丸喜が俺のことを見ていてくれる。それはとても嬉しい。けれど遠いところから俯瞰して見ているようにも思えて、もっと俺を求めてほしいという欲が顔をだす。
「じゃあ……丸喜は俺と触れ合いたいと思いますか」
 丸喜のコーヒーを持ってない方の手の上にそっと自分の手のひらを重ねてみた。丸喜は手に気がついて、びっくりしたように顔を上げて俺を見た。
 もし嫌がる様子がなければ俺にもチャンスはあるだろうか。
 丸喜の頬がかすかに赤い。唇が震えている。
「それって……」
 丸喜が口を開いたその時だった。ふたりのスマートフォンから同時に着信音が鳴った。
「あっ、運転再開したみたいだね!」
 丸喜は慌てて立ち上がった。手に残ったコーヒーを飲み干そうとして咽せている。
「大丈夫ですか?」
 背中をさすると丸喜が顔を赤くして何度も頷いた。
「あはは。ごめん。また電車が止まらないとも限らないから急ごうと思ってつい」
「……そう、ですね」
 ふたりの時間が惜しいと思うのは俺だけだろうか。カップに少しだけ残ったコーヒーはすっかり冷めていて、苦味だけが舌に残った。
 ふたりで保健室を出た。鍵をかけながら丸喜が言った。
「僕は鍵を職員室に返してくるから。君は帰れるうちに帰ってね。じゃあ気をつけて」
 そう促されると帰らないわけにはいかない。仕方なく保健室を後にする。
 丸喜は何と答えようとしたのだろう。後でチャットで確認してみようか。いや、聞くなら直接丸喜の顔を見て話したい。
 何となく持てあました気持ちのまま昇降口まで行くと、モルガナが影から現れた。
「よう。雨がやんだみたいだな。よーし、帰るか」
 通学バッグの中に入ってもらうと一緒に外に出た。モルガナの言う通り、大雨は上がっていて、どんよりとした曇り空と湿り気の多い空気だけが残されている。
『それって……』
 あの言葉の続きは一体なんだったんだろうか。気になったけれど、今はまだ決定的な言葉を聞きたくないような気もした。



 職員室に鍵を返しに行くつもりが、いつの間にか職員室を通り過ぎていた。
 当直の先生に挨拶をして、鍵を返してから外へと出た。
「あれって……恋愛相談だよね。ビックリした……!」
 思わず独り言がもれる。誰か好きな人がいて、僕だったらどう思うかという一般的なことを聞きたかったに違いない。
 触れられた時はびっくりしたけど、だってこんな無精ヒゲの冴えないおじさんを好きになるなんてないだろうし。
「うんうん。そうだよね……」
 そう自分に言い聞かせつつも手の暖かさにドキドキしてしまった。今も心臓の音が鳴り止まない。青春真っ盛りの生身の男の子を相手にしていたんだという実感が今更ながら湧いてくる。
 少し早足で学校の校門を出た。
「距離感、気をつけないとな」
 暁君相手だとなぜだか自分の想いを色々と語ってしまう。話しやすいし、一緒にいると楽しくてつい学校の生徒さんだということを忘れてしまう。
 次に会ったらなんてアドバイスすればいいんだろう。
「君の良さに気づいている人ならきっとオッケーしてくれるよ……なんて月並みかな」
 暁君がさっきみたいに誰かの手を取る姿を想像する。うん。きっと誰が相手でも暁君ならうまくいくだろう。
「……君が幸せになれるなら僕は全力で応援するよ」
 触れられた手をぎゅっと握りしめて、空を仰いだ。
 雨上がりの空は重たくて、再び泣き出しそうだ。


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