家族ごっこ6
2018/12/02(Sun)08:41
家族ごっこ6更新です。
ペルソナやテレビの世界がなく、事件も起こらなかった八十稲羽の数年後のお話。主人公(鳴上悠)が小西先輩の息子という特殊設定です。
主花です!って堂々と言える感じの展開になってきました(^^)
素敵な表紙イラストは茶絣ぶみさん(user/1731387)に描いていただいています。いつも可愛いイラストに感謝です!
本文は下の続きリンクからどうぞー。
こちらのブログではお久しぶりの更新になってしまいました(;^ω^)
イベントに出てなかったのでのんびりゲームをしたり家の片づけや遊んだりしてました。元気にやってます~
PQ2は序盤のところ遊んでます。前作で覚えたはずの抜け道アイコンをすっかり忘れてましたね; 早く4のメンバーとも合流したいです!
その日は朝から曇っていて、今にも雨が降りだしそうな薄暗い天気模様だった。
「こちらルームキーになります。ゆっくりおくつろぎくださいませ」
お客様にルームキーを渡し、会釈した。そして姿が見えなくなるまで笑顔で見送った。だけど、また悠のことを思い出すとその笑顔も苦いものになってしまう。
「はあ…」
「ちょっと花村君。鬱陶しいわよ」
三井さんにストレートに言われて、ハートにつき刺さった。
「もうちょっと優しくしてくださいよ」
「ずっとため息ばっかりついてるんだもの。さすがにね」
「だって悠が…今日も花村の家に泊まるからとか言って、全然顔合わせてくれないんですよ」
ここ数日、俺が何か声をかけてもこちらを向かずに「うん」とか「わかった」ばっかりで。「こっちを見て話せよ」って言っても全然言うこと聞かないし。これが反抗期ってやつなんだろうか。育児書とか子育て相談のサイトを見ても悠のがそれに該当するのかどうかさっぱりわからない。
「花村君、悠君になにか怒られるようなことしたんじゃない?」
「え?」
特に思い当たらない。けど、悠の様子がおかしくなったのはたぶん悠が精通した日からだ。もしかしたらそれが関係しているのかもしれない。
ただ、そのことを女性の三井さんに言うのはさすがに憚られた。こういう時、俺に話せる男友達が居れば良いんだけどなあ。俺、八十稲羽に友達少ないし。…うん、よけいに気分が落ち込んできた。
「まあ、男の子なんてすぐケロッと機嫌を直すし、いちいち気にしなくても良いと思うわよ。 こっちはいつも通りで良いのよ」
「それはそうですけど」
悠が楽しそうに学校や友達のことを話してくれるのが毎日の夕飯の楽しみだった。最近は悠が家にいてもそんな会話もなく黙々とご飯をかきこみ、家事をこなし、すぐに宿題があるからと言って引きこもってしまう。
要するに、だ。俺は寂しいんだ。
「ゆう~~~~~! …はあ」
ホテルの高い天井に空しく声が響いた。と同時に三井さんに頭をはたかれた。
「はあ…」
帰りの先生のおはなしがおわると、思わず息をはいちゃった。ランドセルに教科書を入れ終わっても何だか帰りたくなかった。
家で陽介とふたりになると何だか恥ずかしくて、ふつうに話せなくなっちゃって、どうしたら良いのかわからない。
最近ずっとママさんにお願いして泊まらせてもらって、そこから学校に通っている。今日も陽介と顔を合わせたくなくて電話して陽介に泊まりたいって伝えたら、何だか陽介、元気なさそうな声だった。「良いけど、なんで?」って、ちょっと怒ったような、さみしそうな声で言われて、ぼくの胸はきゅうってしめつけられた。
「悠くん? どうしたの?」
いつの間にか美々ちゃんがぼくをのぞきこんでいた。自分でもよくわからないきもちを何て話したら良いんだろう。
「えっとね…、ぼく、陽介と急に話せなくなっちゃって…」
「ふうん。ね、帰りながら話そ」
「うん」
ランドセルをせおって、教室をふたりで一緒に出た。「なあなあ、お前らってつき合ってるのかー?」「ヒューヒュー!」と男子たちにはやしたてられた。
だけど美々ちゃんは気にした様子もなく、アゴを上げて、「バカな男子はほっといて、行こ」とぼくの手を引っ張った。一緒に階段を降りると、美々ちゃんがくつ箱のところでクルリとぼくを振り返った。なぜだか楽しそうに笑っている。
「あのね。美々、ステキな所を見つけたの。悠くんにだけトクベツに見せてあげる。きっとびっくりするよ」
「え…でも、学校から帰る時は寄り道しちゃダメなんだよ」
そう言ったけど、美々ちゃんは「ちょっとくらい平気よ」とぼくの手を引っ張って歩き出した。
「…わかったよ」
ぼくのことをはげまそうとしてくれてるんだろう。そのきもちがうれしかったから、一緒に行くことにした。
鮫川の川沿いまで降りると、美々ちゃんはぼくたちと同じくらい背丈のある草の茂みの中を探し始めた。
「あのね、この辺でネコの赤ちゃんを見たの」
しばらく辺りを探してみると、目の前で草むらとは違う色が動いた。そっと近づいてみると、奥から子猫たちが一匹、二匹と次々に顔をのぞかせた。
「美々ちゃん、いたよ」
「わあ!」
そう言って美々ちゃんが駆け寄り、灰色の子猫を抱き上げた。ふわふわのまん丸ですごく可愛い。高い声でみうみうと鳴いている。親猫はどこかに行っているみたいだ。姿が見えない。
「はい、悠くんも」
そう言って美々ちゃんが子猫を手渡してきた。おそるおそる受け取ると、手の中で震えている。あったかい。
「可愛い」
思わずそうつぶやいた。すると、美々ちゃんが肩がくっつきそうなほど近くに寄ってきた。
「ねえ。美々も可愛い?」
なんでそう聞かれるのかよくわからなかった。わからないけど、美々ちゃんのふわふわした髪の毛やスカートをくるくる回して見せるしぐさや、明るい笑顔は可愛いと思う。
「うん。可愛いよ」
うなずくと、美々ちゃんは嬉しそうにほっぺたを赤くした。
「ねえ、悠くん。美々のこと、好き?」
聞かれて、好きか嫌いかだったら好きだと思ったから「うん」とまたうなずいた。
そしたら美々ちゃんはじっとぼくのことを見た。
「美々も悠くんのこと、好き…」
何か言いたそうな顔でじっと見つめられて、でもわからないから、美々ちゃんを見返した。
「ねえ。美々のことが好きだったら、キスして」
甘えるような声で、美々ちゃんが目を閉じた。
「キス…」
キスという意味は知っている。口と口をくっつけたり、口をほっぺたにくっつけたりすることだ。外国の人や恋人はそうやって親しい人への気持ちをあらわすって辞書に書いてあった。
時々テレビドラマを観ていると、日本人でも大人同士が口と口をくっつけてキスしている。そういう時は陽介がなぜだかすぐにテレビのチャンネルを替えちゃうけど。
「うん」
美々ちゃんの言われた通りに顔を近づけた。美々ちゃんはピンク色の口をにゅっと突き出しているから、きっと口にキスした方がいいんだろう。そう思って、自分の口を美々ちゃんのにくっつけた。
そして離すと、美々ちゃんと一瞬だけ目が合った。顔が見たことないくらい真っ赤になった。
「きゃーっ!」
なぜか美々ちゃんは高い声を上げて、鮫川の草むらをかけ上がって走って行ってしまった。
猫たちと取り残されて、しばらくぼうっとしてしまった。えっと、ぼく、追いかけた方が良いのかな。
「あ」
美々ちゃんのランドセルが置き去りになっていた。それに親猫が帰ってきて、ぼくに低い声でうなって怒っているから、子猫を親猫のところに返してバイバイした。
美々ちゃんの家に行って、チャイムを押すと、美々ちゃんのママさんが出てきた。なんだかおかしそうな顔でぼくを見ている。
「ごめんなさいね。悠君。美々ったら恥ずかしいから今日はもう会いたくないんですって」
ぼくはよくわからなくて、首をかたむけた。
美々ちゃんのランドセルを渡すと、ママさんにお礼を言われ、おみやげにと焼きたてのクッキーをもらった。
何だかよくわからないけど、そんなことがあって、ぼくも家に帰った。
陽介には会いたくないから、陽介が帰ってこないうちにお泊まりのしたくをして、花村のおうちに行った。
クッキーを一緒に食べながら今日あったことをママさんに話した。
「そっか。悠くんの初恋は美々ちゃんなのねー」
「ハツ…コイ?」
ママさんが笑顔でうなずいた。
「初めての恋って甘酸っぱいのよね-。相手の声が聞けただけで嬉しくて、目が合ったり、ちょっと手と手が触れただけでドキドキして、キスなんてしたらそれこそ心臓がバクバクして気絶しちゃうわよ。美々ちゃん勇気あるわぁ」
そう言われてよくわからなかった。ただ口と口がくっついただけなのに。
ママさんがぼくの顔をのぞきこんで、不思議そうに目を丸くした。
「あら。悠くんはそうじゃなかった? 」
「ぼく…よくわかんない」
ママさんは目を丸くして「あらあら……美々ちゃんお気の毒」とつぶやいた。そしてまぶしそうに目を細くしてぼくを見た。
「ふふ。きっとじきにわかるわよ。本当に好きな人ができたらね」
その後ママさんと一緒にギョウザを作った。焼いてるうちにパパさんがジュネスから帰ってきた。
いつもよりちょっと早い時間に三人で夕飯を食べて、リビングで宿題をやって、それからお風呂に入った。
お風呂から上がると、ママさんがプリンをくれたので、テレビを見ながら食べた。
もう陽介もご飯を食べたかな。ひとりでも、ちゃんとご飯を作って食べたかな。
髪を乾かして歯をみがくと、ママさんがお布団をたたみの部屋にしいてくれていた。もう寝るだけなのに、灯りを消して、横になってもなんだか眠くならない。
いつもは先にお風呂に入って、陽介とご飯を一緒に作って、いっぱいおしゃべりしながらお腹いっぱい食べて、テレビを見てるとだんだん眠くなって、陽介もねむそうな顔をしていて、ぼくが歯みがきをして布団をしき始めると陽介もその横にねころがって。
「おふとんでねないの?」って聞くと、「俺も寝たいけどさー…まだ仕事の勉強があるんだよ」って言いながら、ほおづえをつきながら今にもねそうな顔でぼくの顔を見ている。そうすると何だかぼくもねむたくなって、いつの間にかぐっすりねちゃうんだ。
そんなことを考えると、何だか胸がいっぱいになる。
もうずっと陽介とちゃんと顔を合わせていない。陽介の顔を見るのが何だかはずかしい。見られるのもはずかしい。ヘンなの。今までそんなことなかったのに。ぼく、ヘンになっちゃったのかな。
陽介に顔を見られたくないのに、陽介に会いたい。さみしい。
自分が陽介に会いたくなくてママさんとパパさんのおうちに来たのに、ヘンなの。
「ようすけ」
いるわけでもないのに名前を呼んでみた。四文字の音が組み合わさっただけなのに、陽介って言葉は他とちがう。キラキラした、すごくトクベツなじゅもんみたいに感じる。
そしたら玄関のトビラが開く音がした。ママさんと陽介の声がする。陽介、こっちのおうちに来たんだ。なんで? ぼくに会いに来てくれたの?
「ゆーうー」
「こら、酔っ払い。もう悠ちゃん寝てるんだから、静かになさい」
ふすまが開いた音がしたので、あわてて目をつぶった。今はまだ陽介と顔を合わせたくない。だから、ねむっているフリをした。
たたみを踏む音がして、足音で陽介が近づいてくるのがわかった。
「ゆうー、会いたかったぜー」
声がすぐ近くでして、ねたフリがバレないようにスースーと息をはいた。お酒くさいにおいがする。そう思っていたら、ほっぺたに何かあたたかいものがくっついた。何度も、何度も。それが陽介の口だとわかると、顔が急に火がついたみたいに熱くなった。むねがこわれそうなくらい大きな音をたてている。起きているってバレたらどうしよう。ぎゅっと目をつぶって、ねたフリをした。
「今日は尚紀と偶然会ってさ、色々話したんだぜ。悠のこととかさ~」
ナオキってお母さんの弟だ。川でぼくのつくった笹舟をじっと見ていた。それから会うと、ぽつぽつとお母さんが子どもの頃のおはなしをしてくれる。
「なあ、早くうちに帰ってきてくれよー。あの家に俺ひとりじゃ寂しいっての」
そう言われて、胸がキュウッとしめつけられたみたいに苦しい。なぜだか涙が出そうになった。なんだろう、この気持ち。陽介がさみしく思ってくれて嬉しい? 陽介をさみしがらせてイヤなきもち?
早く陽介のいるうちに帰りたい。でも会ったらどんな顔をすれば良いんだろう。
「…お休み、悠。また明日な」
おちついた低い声。あたたかい手が頭から離れて、足音が遠ざかって行った。和室の襖を開け閉めする音がした。そして静かになったからほっとした。だけど急に寂しくもなった。
陽介にキスされたところがまだ熱いような感じがする。ドキドキして眠れなくて、真っ暗な天井を見上げると、ママさんの言葉が思い出された。
『初恋って甘酸っぱいのよね-。相手の声が聞けただけで嬉しくて、目が合ったり、ちょっと手と手が触れただけでドキドキして、キスなんてしたらそれこそ心臓がバクバクしすぎて気絶しちゃうわよ』
ぼくの気持ちがそれにぴったり当てはまる。美々ちゃんとキスした時には感じなかったこの気持ち。そうか、ぼくは。
「ぼく……陽介に『コイ』してるんだ…」
自分が言ったことばがむねにストンとおさまった。きっと好きにも種類があるんだ。ママさん、パパさんが好き。死んじゃったお母さんが好き。美々ちゃんや他の友達も好き。好きな人はいっぱいいるけど、その中で陽介はトクベツな『好き』なんだ。
朝、ママさんたちのおうちから美々ちゃんを迎えに行った。
「みーみーちゃん」
いつもより、美々ちゃんが出てくるのに時間がかかった。しばらくすると、美々ちゃんがドアから顔を出した。だけどランドセルを持ったまま出てこない。
「おはよう、美々ちゃん、どうしたの?」
「ゆ、悠君ははずかしくないの? だって私たち…」
「私たち?」
「だから…したでしょ。き、き」
美々ちゃんが真っ赤になってぼくの顔を見ている。
「ああ。キス?」
「んもう! 何でそんな簡単に言っちゃうの?」
顔を真っ赤にしている美々ちゃんに「あのね」と声をかけた。
「美々ちゃん。ぼく、自分の気持ちがわかったんだ」
ちゃんと自分の気持ちを伝えなくちゃ。
美々ちゃんがおそるおそるぼくに近づいてきた。
「ぼくね、自分の気持ちがわからなくて、ずっと考えてたんだ」
自分の気持ちがどういうものかよくわからなくて、まともに陽介と顔を合わせることができなかった。
「でも、やっと気づくことができたんだ。ぼく、陽介が好きなんだ」
「・・・・・・・・・え?」
この気持ちを言葉に出すと、恥ずかしいけど、同じくらいむねの辺りがぽかぽか、キラキラした。きっとこれが「ほこらしい」って気持ちなんだ。ぼくは陽介が好き。大好きだ。
美々ちゃんが目を丸くした。
「悠くん…何言ってるの? ヨウスケって悠君の親でしょ」
「ちがうよ。親じゃない。家族だよ」
そう言うと、美々ちゃんは歯をむき出しにして大声をだした。
「親じゃなくてもヘン!家族だってヘン! 悠くんはその人とキスしたいの?」
ゆうべ、陽介にキスされたことを思い出したら急に顔が熱くなった。
この気持ちってヘンなのかな。それでも美々ちゃんに、自分の心にウソはつきたくなかった。
「うん」
美々ちゃんはマユをつり上げてぼくの頭をたたいた。
「悠くんのバカっ、なんでよ、ばかばかっ!」
「ごめん」
「美々のこと、可愛いって…、…ウソだったの………ッ」
美々ちゃんは何度も何度もぼくをたたきながら、ぼろぼろと涙をこぼした。顔をくしゃくしゃにして、自分の家の中に戻って行ってしまった。しばらく待ったけど、家の奥で大きな声で泣いている声が聞こえて、戻ってきそうになかった。
今、ぼくの顔を見たくないかもしれない。だからもう一度、「美々ちゃん、ごめん」と声をかけて、ひとりで学校にむかった。
学校に行って、帰ったら、今度はちゃんと陽介と向き合ってお話しよう。
そしてちゃんと言うんだ。
ぼくは陽介が大好きだって。
そう考えるとむねがドキドキして、こわくて、でも同じくらいワクワクした。
ぼくのきもちを伝えたら、陽介、どんな顔をするんだろう。
仕事が終わって、ロッカールームの窓の外を見ると、しとしとと雨が降り出していた。
スマートフォンを確認すると、実家からの着信、それにメールの受信箱に不審者情報のお知らせが入っていた。
「最近、不審者が多いなあ」
悠にも気をつけろって言わないとな。まあ顔を合わせてくれたらの話だけど。
「はあ…」
ため息をついた瞬間、再びスマートフォンが震えた。今度は着信で、やっぱり実家からだった。
「ごめん、今、着信に気がついた。どうした?」
『悠ちゃん、いつもならとっくにうちに来てる時間なのに来ないの。遅くなるって電話もないし。そっちにいる?』
「え? いや、俺、今仕事終わったばっかでまだ家にいないんだけど…」
なんだか嫌な予感がした。
「うちに帰って確認してくる!」
通話を切って、家までダッシュした。
「悠、いるか、悠!」
家の中に入って、奥の部屋まで行ったが、返事はない。念のため押し入れやトイレや風呂場も開けて探したが、見つからない。
改めて母さんに電話して確認したけど、やっぱり家に行っていないらしい。
もしかして事故に遭ったとか。それかまさか、鮫川で溺れて……
「…落ち着けよ、俺」
自分の頬を両手ではたいた。悠はしっかりしているし、危ない所には絶対行かない。ただ何か問題があって、自分ではこちらに連絡を入れられない状況なのかもしれない。悪い想像をするのは後にして、とにかく探すんだ。
「悠が行きそうなところ…」
真っ先に悠の彼女の美々ちゃんのことが思い浮かんだ。美々ちゃんの自宅に電話してみた。
「もしもし、花村と言います。ええと、悠の保護者で」
電話に出たのは美々ちゃんの母親だった。
『ああ、悠くんの』
「あの、悠がそっちに行ってませんか? まだうちに帰ってなくて」
『いえ、朝は迎えに来てくれましたけど、その後はうちに来てませんよ。なんだかうちの子、悠くんにフラれちゃったみたいで。美々も今日は学校をお休みしましたし』
「え、そうなんですか?」
なんで悠が美々ちゃんのことをフッたのか、事情はわからないけど、その様子だと、美々ちゃんに悠のことを尋ねるのは酷だろう。
「…すいません、ありがとうございました。もし、美々ちゃんが何か教えてくれたら、連絡もらえると助かります」
連絡先を伝え、通話を切った。
他に行きそうなところはどこだ。
家に遊びに行くほど仲が良い友達は聞いたことがない。学校もこの時間にはとっくに下校させているはずだ。
そう言えば、学校から不審者情報が寄せられていた。黒い高級車に乗った40代くらいの男性。嫌な予感が当たらなければ良いけど…。
「あー、とにかく探すか!」
鮫川、ジュネス、市立図書館。手当たりしだいに探し、通りがかった人に悠の写真を見せながら聞いてまわったが、見かけた人はいなかった。冬は日が落ちるのが早い。もう辺りは薄暗くなっていた。
こんなことなら悠にスマートフォンを持たせとけば良かった。悠ともっとちゃんと話して、俺たちのうちに帰るよう説得すれば良かった。
後悔しても遅い。だけどそう思わずにはいられなかった。
「…そうだ、商店街」
もしかしたら悠を見た人がいるかもしれない。商店街まで行くと、小西酒店の前で尚紀がビール瓶のケースを店の中へ運んでいた。
「尚紀! 悠を見かけなかったか?」
「いえ。…何かあったんすか?」
俺の様子が変だと気づいてくれたのか、ケースを足元に置いて俺を見た。
「あいつ、家に帰ってなくて。もしかしてこの辺に来てないかと思って」
尚紀も他の人と同じように首を横に振った。他に行くとしたらどこだ。もう思いつかない。
「俺、商店街の人に聞いてみます。写真があったら俺に送ってください」
「え? あ、ああ」
メッセージアプリのIDを交換し、スマートフォンに入っている画像を共有した。運動会の障害物競争で1等賞をとった時の悠の画像だ。
悠はもしかしたら俺に会いたくなくて帰ってこないのかもしれない。理由はわからないけど、何か嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。俺はよく、気がつかないうちに人の地雷を踏んでしまうから。
そう考えていると、視線を感じて顔を上げた。尚紀がなぜか笑っていた。
「大丈夫、きっと帰ってきますよ。あいつ、態度はどうであれ、あんたのことが好きだから」
どうやら考えていることを読まれたみたいだ。昨夜、尚紀に偶然飲み屋で会った時に笑っていたのを不意に思い出した。
『俺、あんたのことが嫌いでした』
胸のうちをいきなり聞かされて、びっくりした。でも、同時に尚紀はグラスを傾けながら笑った。
『ヘンですよね。話したこともない人を嫌いなんて』
よく知りもしないで、偏見だけで相手を見て。うちの親と同じです。姉ちゃんの子どものことも知ろうともせず、他に頼れる身内もいないのに自分のことしか考えず、悠のことを放り出した。
だけど、あんたはそうしなかった。
『姉ちゃんの子…悠を話したらわかります。姉ちゃんの子をちゃんと育ててくれて、ありがとうございます』
そう頭を下げられて面くらってしまったけど、その後は打ち解けて、ふたりで色々話すことができた。
その時、最近悠が顔を合わせてくれないという愚痴も聞いてもらったりもした。自分の方が年上なのに、何だか尚紀の姉である早紀みたいにしっかり者だから、ついつい色んな話をこぼしてしまった。
『姉貴もあの子の成長を見たかっただろうな…』
そう呟く横顔が先輩とよく似ていたのが印象的だった。長年を一緒に過ごした姉を亡くした、その痛みは俺には計り知れなかった。懐かしむようにお互い小西先輩の思い出話をした。
胸の中でずっと先輩の実家に対して怒りはあったけど、尚紀と話してみて色んなことがわかった。親御さんにも先輩のことが大事だという気持ちも確かにあるのだ。家族だからこそ、複雑な感情が絡み合って素直になれなかったのだと今なら理解することができる。
「尚紀…。サンキュな」
尚紀と話すことで少しだけ気持ちを落ち着けることができた。深呼吸した。
学校にも連絡し、悠が家に帰っていないことを相談した。すると、不審者が悠が帰る通学路で何度も車を止めていたことを教えてくれた。
教師と他の保護者にも情報を共有して、市内周辺を探すと言ってくれた。
警察にも相談するように言われて、真っ先に思い浮かんだ堂島さんに電話をかけた。
『メールで彼の写真を送ってくれ。身長と体重、服装の特徴もな。不審者情報は学校からこちらにも入っている。すぐに対応する』
頼もしい言葉が聞けて、安心した。
母さんにも今の状況を知らせて、悠がいつ帰ってきても良いように実家の方にいてもらい、親父にはうちに待機してもらうようにお願いした。念のため、職場にも電話を入れて今の状況を伝えておいた。
「悠、無事でいてくれよ…」
ディスプレイに映し出された写真の中の悠ははにかむように笑っていた。祈るような気持ちでスマートフォンを握りしめた。
小学校の周辺や鮫川沿い、うちや実家の近く、公園や裏路地まで探し回ったが、悠を見つけることはできなかった。
走っていると、道が凍っていて滑ってしまい、勢いのまま尻もちをついた。
「ってー…」
こんな時、悠がいたら「もう、陽介ってば」と笑いとばしてくれるのに。何でいないんだよ。
見上げると、雨はいつの間にか雪に変わっていた。
雪が辺りを真っ白に覆い尽くしていく。
真っ白に染められて、悠の手がかりも、悠とふたりで過ごした日々さえもなかったことにされてしまうようで、言いようのない不安に襲われた。
「悠ーーーーーーーー!」
叫んだ声すらも、雪の静けさに埋もれて消えた。
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No.265|主花SS「家族ごっこ」|Comment(0)|Trackback