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ラフレシ庵+ダブルメガネ


家族ごっこ9

2019/08/12(Mon)09:19



ペルソナやテレビの世界がなく、事件も起こらなかった八十稲羽の数年後のお話。主人公(鳴上悠)が小西先輩の息子という特殊設定です。

今回は悠とお父さんの話がメインです。

素敵な表紙イラストは茶絣ぶみさん(https://www.pixiv.net/member.php?id=1731387)に描いていただいています。
今回早めにイラストをいただいていたのに、私の方がなかなか最終バージョンが書けなくてUPできずお待たせしちゃいました;


本文はつづき↓からどうぞ。















 夜勤のためにホテルに行く途中だった。
 携帯電話が鳴った。見ると非通知の番号からだ。いったい誰だろう。
「もしもし?」
『……………』
 間違い電話だろうか。ボリュームを大きくして、耳を澄ますと、電話の向こうに息遣いを感じる。誰かが意図して電話していることだけはわかった。
「もしもーし、どちら様ですか?」
 ただのイタズラ電話かもしれない。けれど、もしかしたら。
「……悠? もしかして悠なのか?」
 淡い期待を抱かずにはいられない。悠が俺に助けを求めているなら、俺はどこへだって走っていく。
「なあ…悠なら何か言ってくれ。今、どこにいる」
 声をかけたが、その電話はすぐに通話が切れてしまった。
 気になったけど、今はどうすることもできない。思わず息を吐いた。


 電話で佐藤さんから悠の様子を教えてもらった。悠は父親に暴力を振るわれている。それとモデルとして働いているらしい。
 だけど悠が俺のところに帰ることを望んでいないため、もし何かあっても一時的に児童相談所で保護することしかできないというのだ。
 それでも良いから、とにかく危険があるなら父親から引き離してほしいとお願いをした。佐藤さんは「もちろんそのつもりです」と頷いてくれた。
佐藤さんは俺に何か言いたい様子だった。
「悠君と約束しているから理由は言えませんが、少なくともあなたに何か非があって離れたわけではありません。悠君、花村さんのことを心配していました」
 そう言ってくれて、よけいに疑問が募る。
 じゃあ、なぜ悠は俺の元を離れたのか。うちに帰ろうとしないのか。きっと、答えは佐藤さんの口からではなく、悠自身から直接聞かなければならないだろう。


 堂島さんの方は俺の根も葉もない噂を流した人物について捜査をしてくれているが、沖奈で大人数が関わった傷害事件が起こってしまい、そちらの応援で署は人手不足だそうで、「申し訳ないがもう少し時間をくれ」と謝られてしまった。
 関わっている人たちが頑張ってくれているのに、悠の保護者である俺がただ待つことしかできないのがもどかしかった。



「……むらさん、花村さん?」
「え?」
 いつの間にか目の前に同僚の七海ちゃんがいた。二人で業者からクリーニングされて戻ってきたシーツを棚にしまっていたのに、いつの間にか俺の手が止まっていたようだ。
「大丈夫ですか? お疲れなんじゃないですか」
「や…ごめん。俺は大丈夫」
 悠のことが気になって、ぐっすり眠れない日が続いている。お客さんの前では気を抜いていないつもりだけど、こういう作業の時はついぼんやりしてしまう。慌てて自分の両頬をたたいた。
「悠…やっぱり父親に虐待されていたみたいでさ。今、施設にいるんだ。けど、うちに帰ることは望んでいないから一時保護しかできない状態で…」
 ただ、あまり長いこと保護はできない。虐待かしつけかという判別は難しく、子どもを守る法律というのは思ったより整備されていないのが現状らしい。佐藤さんが歯がゆい声色で説明してくれた。
「そんな…どうにかできないのかな…」
 七海ちゃんはまだ二十代の女の子なのに、年上の俺より言葉遣いとかお客さんとのやりとりに慣れていて、何というか、ぶれない芯の強さみたいのを感じる。
 趣味でコスプレをやっているようで、イベントの予定に合わせて本人が夜勤を多く希望していることもあって、悠と暮らしている間は昼間勤務希望の俺とはシフトが合わないことも多かった。最近は俺が今まで入れなかった分、多めに夜勤を入れているため、一緒のシフトになることが多い。
 悠の状況を伝えると、七海ちゃんはいつも元気に励ましてくれる。
「でも、世間からしたら、暴力振るう父親の元にいる方が赤の他人の俺の所よりもマシに思えるんだろうな」
「ショタ…いえ、あんな礼儀正しい美少年、毒親なんかより花村さんに育てられた方が絶対幸せですって」
「そう…なのかな」
 町を歩いていると俺たちの噂を耳にする。悠が父親の元に行ったのは、俺が悠に何か性的虐待をしたせいじゃないかって思っている人が少なからずいる。そんな状況で悠が帰ってきても、本当に幸せと言えるんだろうか。だから俺の方から積極的に「戻って来い」と働きかけることができないのだ。
 最近の俺は迷ってばかりで、自分でもかっこ悪いと思う。
「七海ちゃんは迷いがなくてかっこ良いよな」
 七海ちゃんは目を丸くした。
「そりゃあ自分のことだったらひとりで決められますけど。相手がいることだったら私だって迷いますよ。相手が大事な人ならなおさらです」
「そっか…俺…」
 悠のことが大事だから、気持ちがわからなくて不安になるし、簡単には決断を下せないんだ。当たり前のことなのに、今さらながら気づかされる。
「でも私、なるべく自分の意見はちゃんと相手に伝えようって思っています。それで言い合いになっちゃうことも多いけど、お互いに納得したことの方が悔いはないです」
 そう言われて、気がついた。悠とちゃんと話し合いができていないことが自分の中のモヤモヤの原因なのだと。
「花村さんは優しいから相手に合わせちゃうでしょ。でも、もっと自分に正直でも良いと私は思いますよ。気持ちを打ち明けてくれる方が嬉しい人だってきっといますよ」
 そうなんだろうか。悠もそう思ってくれるだろうか。
「今は何もできないのがもどかしいと思いますけど、必ず良い方向に向かっていきますよ。花村さん、私に何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってください」
「ありがとう、七海ちゃん」
 俺たちのことを信じてくれて、本当に心強い。
 ふたりで頷き合って、また作業を再開した。




 昼勤務の日、仕事帰りにジュネスに寄って食材を買い、家に帰った。
「ただいま」
 いつもならリビングから走ってきて「おかえりなさい」って言ってくれる小さな姿がない。
 食材を置いて、キッチンのテーブルに突っ伏した。
「悠…」
 いつからこんなに悠がいることが当たり前になったんだろう。悠がうちに来る前、自分がどんな気持ちで過ごしていたのかよく思い出せない。
 そのまま沈んでしまいそうになるのを頭を振って、七海ちゃんの言葉を思い出した。
『今は何もできないのがもどかしいと思いますけど、必ず良い方向に向かっていきますよ』
 悪い事ばかり想像しても仕方ない。そうなることを俺も信じよう。
「よし、作るか」
 立ち上がると、米を洗って炊飯器にセットした。カレーを作り、弱火で煮込んでいる間にサラダを作った。
 いつものように。悠がいたあの頃とできるだけ変わらずに、いつ悠が帰ってきても良いように、帰ってきた時に悠がホッとできるような家で、変わりなく過ごして待っているんだ。
 今はダメでも、いつか必ずその時が来ると信じて。


 ご飯を食べ終わってテレビを観ていると、様々な業界で活躍している子どもたちについてのドキュメンタリー番組が放送されていた。
 スポーツ界で活躍する子、音楽家としてすでに華を咲かせている子、それにモデルで一躍有名になった子………。
「……悠…?」
『今、ミステリアスな雰囲気が良いと、お母様方や同世代の女の子に大人気! 人気モデル・鳴上悠君がスタジオにテレビ初登場です!』
 拍手で出迎えられて、悠がスタジオの中に入ってくる。戸惑った様子で悠が案内された場所に座る。
『悠君、緊張している?』
 そう言われて、こくんと頷く悠。うちにいた頃よりちょっと痩せてないか? それに顔が青白く見える。
 すると、電話が鳴った。悠の住んでいる地域を担当している児童相談員の佐藤さんからだ。
『花村さん、すみません。悠君を施設に一時保護していたんですが、父親に連れ去られてしまいました』
「あの、佐藤さん。今、テレビに悠が映っていて…」
『え?』
 佐藤さんは悠の居場所を把握していなかったようで、「今、テレビをつけます」と言いながら電話の向こうで音をたてている。
 その間にも悠が司会の男性からインタビューを受けている姿から目が離せない。
『悠君、クラスの子たちから言われるでしょ? かっこ良いとか素敵とか』
すると悠は首を横に振った。
『僕のことを興味持って話しかけてくれる子はいません』
 そう言うと、「ええ? 謙遜にも程があるよお」と司会の男性が調子良く持ち上げている。悠がウソをついているようには見えない。本当に関心を持って話しかけてくれる子がいないんだろう。
『さっきお父さんも見たんだけど、めちゃくちゃスタイルが良くてダンディでかっこ良いの。悠君も大人になったらあんなイケメンになるんだろうな。将来もモデルとして活躍したい?』
 悠は首を横に振った。
 どうやら台本通りに進んではいないらしい。よく見たらこの番組、生放送らしい。他のゲスト陣が後ろでざわめいている。
『僕、お父さんを助けるためにモデルのお仕事をしました。でも、僕は将来、料理をする人になりたくて。大好きな陽介を守りたくて…守りたいのに…』
 そう言うと、悠の目からぽろりと涙がこぼれた。
『陽介のこと、悪く言わないでください…。陽介は僕の大切な家族です』
 ぽろぽろと涙をこぼし、悠は大きな声で泣き出した。
 スタジオがざわざわして、すぐにCMになった。
 気がついたら立ち上がっていた。居ても立ってもいられなくなった。
『花村さん、僕、今からテレビ局に向かいます。……花村さん?』




 気がついたら家を飛び出していた。
 八十稲羽駅まで全速力で走って、改札をぬけると、ちょうど特急列車がやって来ていて、急いで飛び乗った。
 電車が動き出して、息を整えながらスマホでテレビ局の場所を調べ、電車の乗り換えを調べた。今ならギリギリで向こうに着きそうだ。
何がどうなっていうのか、わけがわからない。だけどひとつだけわかっていることがある。
 悠が泣いている。
 なのに俺が家でひとり家で待っていられるか。行ってどうにかなるわけではないかもしれない。だけど、居ても立ってもいられない。抱きしめてやりたい。いや、抱きしめたいんだ。悠が困っているなら俺が全力で何とかしたいんだ。
「悠…待ってろよ」
 スマホのワンセグでさっきのテレビ番組を映したが、悠は退場したらしく、スタジオに姿が見えない。
 電話がかかってきたので、人がいないドア付近へ移動してから電話に出た。
『あっ、花村さん。繋がった。今、ネット上が大変なことになってます!』
 佐藤さんから電話がかかってきて、言われた通り、SNSを見てみた。番組アカウントに対して質問する者や、個人的に呟いている人たちが多く見られる。
『今のって番組のヤラセ?』
『ようすけって誰?』
 ざわつく中、テレビ番組の公式アカウントは無言をつらぬいている。
 すると、あるアカウントの呟きが拡散されているのを見つけた。
『今の番組に出てきた鳴上悠君は、毒親に無理矢理連れ去られた挙げ句、生活のためモデルをさせられていた。虐待がきっかけで児相に引き離されていたところをテレビ局に連れて行かれた模様』
『ヨウスケというのは頼れる親類がいなかった悠君を引き取って育てていた保護者。悠君はその人のところに帰りたいが、その人が根も葉もない噂を立てられてしまい、悠君が帰れない状況にあった』
 ずいぶん詳しいし、正確な情報だ。一体誰だろう。アカウント名は「7」。過去に遡っていくとコスプレをしている写真があった。
「あ、これ…」
 写真ですぐにわかった。同僚の七海ちゃんだ。趣味でコスプレをしているとは聞いていたけど、こんなにファンの多い有名人だとは思わなかった。たくさんの人がこの情報を信頼しているのがコメントからも伝わる。
『早くその人のところに帰れると良いね』
『根も葉もない噂って何?』
 様々な反応の中でもその「噂」について知りたがる声も多かった。だけど七海ちゃんはすべてのコメントに返信をしなかった。俺のことでまた変に噂が拡がらないように配慮してくれたんだろう。
 七海ちゃんの説明を読んだ人たちから、父親を批判するようなコメントが多く寄せられている。
『父親だからって子どもを自分の都合の良い道具にするのは許せない』
『父親を逮捕しないの』
『接見禁止命令とか出せないのか』
 爆発的に意見が膨れ上がっている中、沈黙をつらぬいていたテレビ局の公式アカウントが、生放送の件で今から記者会見を開くとの情報を発表した。
 慌ててテレビに切り替えた。
 テレビ局のお偉いさんたちが揃ってお辞儀している。
『先ほどの生放送で出演した鳴上悠君が父親から虐待を受けているとは知らず、本人の意志を確認せずに番組に出演させてしまったことを心からお詫びいたします』
 父親から持ちかけられた契約だったこと、もともと他の放送番組に出演する予定だったが、「悠が高熱を出した」と父親から連絡があって出演できなくなり、代わりに、今回の番組で出演することになったという経緯を説明した。
 局内の一部の人間は父親が悠君に虐待をして警察沙汰になっていたことを知っていたが、今回の番組のスタッフではなかったため、情報が共有されていなかったらしい。
 おそらく悠が児童相談所に保護されたことで予定の番組に出演できなくなったので、父親は都合の良いことを局側に言って今回の出演をとりつけた。だけどまさかそれが仇となって世間に真実を知られるとは思わなかったんだろう。
 悠自身が語ったことや七海ちゃんやテレビ局の説明により、父親は世間からの信頼を完全に失った。
 そして悠が自分の意思を示した今なら、父親から引き離すことができる気がする。
「悠、待ってろよ…!」



 電車を降りてから全速力でテレビ局に到着すると、すでに局の前はカメラマンや記者でごった返して騒然となっていた。
「花村さん、こっちです」
 佐藤さんが手を振っている。駆け寄ると、警察官に案内されて、テレビ局の中に入った。
 エレベーターで上の階に移動し、会議室と書かれた部屋に行くと、大人たちが数人いる奥で悠が所在なさげに座っていた。
「悠…!」
 悠は俺を見て、立ち上がった。
「陽介…」
 こっちに走りかけて、でもすぐに立ち止まった。
 だから俺の方が走り寄って、強引に抱きしめた。何で気づけなかったんだろう。悠は俺のために離れたんだってこと。
「バカだな…お前も、俺も…」
 相手のことばかり気遣って、自分の気持ちにフタをして。そんなんじゃ、いつまで経っても悠を抱きしめられない。
「言っただろ? 子どもは子どもらしく、ワガママ言えって。おっせーんだよ…」
「よう…すけ…っ」
 鼻がつまったような声で、ようやく悠は俺の服にぎゅっとしがみついた。こんな小さな体で俺のことを守ろうとするなんて、本当に…
「陽介、僕、陽介のこと、守れなかった…守りたいのに…っ」
「ばっか。子どものくせに無理して…」
 ここに来る間に佐藤さんに事情を打ち明けられた。悠は俺の傍にいると、もっと俺が悪く言われてしまうと思ったらしい。だから傍にいられないと思ったんだ。
「あのな、悠。俺は噂なんてどうだって良いんだ」
「え?」
 悠が顔を上げたので、俺も悠の目を見て言った。
「誰かに何か言われるより、お前が傍にいない方が俺にとって、ずっと…ずっと辛いんだ」
 悠のいない部屋で衣食住をし、仕事をする毎日。それがこんなにも空しいと思わなかった。悠を支えているつもりが、いつの間にか悠の存在が自分の生活を支えていた。悠が自分にとって何にも替えがたい存在になっていた。
 悠は言ったことを理解したのか、目を見開いて俺を見ている。目を伏せて、歯をくいしばった。
「…でも、僕はイヤだよ。陽介が悪く言われるのは」
「たぶんもう大丈夫。お前のおかげで、皆に伝わったんだ。泣いている子どもには誰も勝てないってコト」
 それを聞いて、悠はぽかんとした表情を浮かべている。渦中の人になっているというのに、本人にはまったく自覚がないらしい。
「たとえそうでなくても、俺たちのこと、大事な人たちはちゃんとわかってくれている。だから 俺は悪口を言われたって全然平気なんだ。で、悠はどうしたい?」
 悠はじっと俺の顔を見上げた。
「…帰ると、陽介、メイワクじゃない?」
「お前がいないと寂しいって言っているだろ」
悠の頬が徐々に上気していく。
「僕…陽介の家にいても良いの? 本当の本当に?」
「俺の家じゃないだろ。俺とお前の家だ」
手を差し出すと、悠はおずおずと俺の手を取った。手を繋ぐと、いっそう悠の頬が赤くなる。
「帰ろう、悠」
そう声をかけると、悠はうっすらと涙を浮かべて頷いた。
「うん………帰る」



 警察の人と今後のことを話していると、佐藤さんがやってきた。
「今から父親が警察署に連れていかれるそうです。話すなら今ですが、どうしますか?」
「行きます」
 別の部屋で警察官に拘束されている父親のところに行った。
 ひとりで行こうと思って悠を佐藤さんに預けようとしたら、悠は首を横に振ってついてきた。警察官もいるし、これだけの大人がいるんだ。父親も今さら何かしでかすってことはないだろう。
 悠と手をしっかり繋いで部屋に入ると、父親はパイプ椅子に座ってうなだれていて、地面をじっと見つめている。
 おそらく手錠をつけられているんだろう。それが見えないように上からジャンパーがかけられている。
「鳴上さん。もう貴方に悠を任せることはできません。たとえ血が繋がっていなくても、悠は俺の家族なんです」
 地面を見つめたまま、ぶつぶつと何か言っている。「もう…誰もいない…俺にはもう…」完全にどこか遠くを見ている。この男に俺の声は最初から最後まで届かないんだろうか。
それでも言った。
 悠の手をぎゅっと握った。すると悠が俺を見上げた。その曇りのない目を、純粋な心を守りたい。
「悠があなたから受けたキズは深いと思う。肉親から与えられるものって子どもにはとても大きいものだから」
 そう言うと、ぴくりと父親の頬が動いた。
「一生かけてでも、俺が悠のキズを癒してみせる。だから、あんたはちゃんと自分のやったことをしっかり償って、これからの人生を生きてほしい。悠の父親があんたで良かったと言わせてくれ」
 最後まで彼は何も答えなかった。少しでも俺の言葉が届けば良い。心からそう願った。
「行こう、悠」
 悠は何か父親に言いたそうな顔をした。お別れの挨拶でもしたいんだろうか。はくはくと口を何度も動かして、うつむいて、また顔を上げた。
「お父さん…僕のこと…どう思っていましたか。僕のこと、好きでしたか」
 父親はその言葉に目を見開いた。立ち上がろうとしたのを警察官に肩を押された。
「俺は………」
 その言葉は悠に向けてというよりは、自分の胸に呟いているようだった。それ以上何も答えず、ただうちひしがれたようにうつむくばかりだった。












 テレビ局の近くにあるけいさつ署に行って、僕はいっぱいお父さんのことをお話した。その間、陽介がずっとそばにいてくれて、僕が聞かれたことをぜんぶ話すと、それを痛そうな顔で聞いていた。
 その後、堂島さんが「マスコミに囲まれている。電車で帰るのは無理だろう」ってパトカーで八十稲羽から迎えに来てくれた。
 車の窓から外を見ると辺りは暗くて、車の中は暖かくて、だんだんねむくなっちゃって、陽介といっぱいおしゃべりしたかったけど、陽介に「疲れただろ。着いたら起こすから、そのまま寝てな」って言われた。前の席で堂島さんと陽介がお話している声が聞こえて、車の中は暖かいし、何だかホッとして、景色を見ているうちに眠くなってしまった。


 気がつくとビルの灯りがいっぱい灯っていた風景が、小さな家の灯りが灯りに変わっていた。何度もトンネルの中をぬけているうちに真っ暗だった空がだんだん空が明るくなっていく。まわりは田んぼが広がって、八十稲羽みたいな景色になっていた。
 稲が重たそうに垂れていて、僕が八十稲羽を出てお父さんのところに行って、冬も春も終わっていつの間にか秋になっていたんだなあって思った。
「悠の父親、裁判になった場合、どうなるんでしょうか?」
 陽介のことばにドキッとして、起き上がって耳を近づけた。
 堂島さんは答えた。
「やっこさんを送検する罪は主に三つ。子どもの誘拐、および虐待。それから花村さんへの名誉毀損だ。誘拐については誰が見ても明らかで、たとえ本人に誘拐の自覚がなかったとしても起訴は確実だろう。虐待に関しては悠君の証言や暴力を受けた時に撮影した証拠写真もあり、本人の自白もある。ほぼ間違いなく有罪で、あとは執行猶予がつくかどうかといったところだ。名誉毀損についてはこちらで裏をとるのに時間がかかったが、本人が供述している通り、最初に掲示板で煽った一文だけが本人によるもので、後は掲示板をみた人間が鵜呑みにして噂に火がついたってところだ。これは検察の判断が分かれるな」
 お父さん、悪いことをしたバツを受けなくちゃいけないんだ。これからひとりで大丈夫なのかな。
「なんか複雑です…。父親にはしっかりと自分の罪を償ってほしい。けど、父親が犯罪者となることで悠になにか不利益なことが起こらないと良いんですけど…」
「そうだな。そうなることは俺にとっても本意じゃない。報道各社には学校や花村さん宅や職場に押しかけたりしないよう厳重注意の通達を出しておく」
「よろしくお願いします」
「…と、起きていたか」
 堂島さんが僕に気がついて、陽介が振り返った。
「悠…聞いてたのか。その…大丈夫か?」
 心配そうに陽介が僕をのぞきこんだ。僕は首を横に振った。
「僕は大丈夫だよ。でも…お父さんのこと、僕のせいなのかな」
 僕がお父さんのところに行かなければ、お父さんが「悪い人」にはなっていなかった。そう思うと、かなしくなってしまう。僕はもっと早くに誰か大人を頼っていたら。お父さんにぶたれても大丈夫なくらい心や体が強かったら。
「それは違う。父親が自分で招いたことだ。つか、お前は被害者だろ。何で父親をかばうんだよ…!」
 大きな声にびっくりして、陽介を見た。陽介はなぜだか痛そうな顔をしている。
「陽介……? 」
「ちがう、そうじゃない。……わり、お前に当たって。俺、ダメだな…」
 陽介は首を振って、だまって前の方を向いてしまった。
 堂島さんが大きなため息をついて、「一服しにコンビニに寄るから、ちょっと頭冷やせ」と陽介に言った。
 コンビニに行ってトイレや買い物をすませると、堂島さんはコーヒー缶を陽介にあげた。
「すいません…」
「お前さんはほら、これ持って車に入っていろ」
 堂島さんがコーヒー牛乳を僕にくれた。でも、陽介のことが気になって、車のかげからちょっとだけ顔を出してふたりがどうしているかを見た。
「ったく、どうしたんだ」
 堂島さんがタバコに火をつけている。それをぼんやりとした目で陽介が見た。
「悠…なんで、あんな暴力を振るう父親のこと、かばうんでしょうか」
「さあな、それがあいつの性分なんだろう」
 陽介がなんだか苦しそうな顔で笑った。
「俺、自分で自分の気持ちがよくわかんなくて……父親に嫉妬しちまったのかな。悠と血が繋がっているってだけで悠と通じ合う何かがあるのか…って」
 堂島さんは何も言わず、口から煙を吐き出した。
「俺にはどう努力したって得られないものを父親は持っているのに。血が繋がっていて、あんなに似ていて、誰から見たっても親子なのに…なのに、大事にしないで、悠に酷いことをして…許せないんです…!」
 陽介の手の中のコーヒーの缶がメキメキとつぶれる音を立てている。
「たとえ罪を償って刑務所から出てきたとしても、もう二度と父親を悠に会わせたくないです。それって、悠のためじゃなくて、俺のワガママ、俺のコンプレックスなんでしょうか…」
 コーヒーを見たまま下を向いているから、陽介の表情は見えない。だけど泣きそうな風に見えた。今すぐ陽介のそばに行きたい。
「さあな。俺にはお前さんの気持ちはわからんさ。けどな」
 堂島さんがタバコを灰皿に押しつけると、急にこっちに向かって歩いてきた。逃げるヒマもなく、僕の背中を押されたので、身体が前につんのめって、陽介にも隠れていたのが見つかってしまった。
「悠…!」
「ご、ごめんなさい。勝手にのぞいちゃって」
 堂島さんが歯を見せて笑った。
「お前さんを心配して見てたんだろう。お前らの間にも通じ合う何かってヤツはあるんじゃないか」
 堂島さんの言葉に、陽介のかたかった顔がちょっとだけやわらかくなった。
「……そうかもしれません」
 堂島さんが笑って陽介の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「ふは、良い年のおっさんの頭を撫でないでくださいよ」
「何言っている。俺から見たらまだまだ若造だ」
 そんなふたりのやりとりを見てると、何だか胸のあたりが気持ち悪くなった。さっきまで泣きそうだった陽介が笑ってくれてるし、ふたりがケンカしているわけじゃないのに何でだろう。
「ねえ、早く帰ろう!」
 よくわかんない気持ちのまま、陽介の手を引っ張って車に連れていった。
「よし、そろそろ行くか」
 

 家に帰り着くと、堂島さんにふたりでおじぎをして見送った。
 その後、陽介が俺の頭を撫でて「おかえり」って言ってくれた。
「ただいま」
 何ヶ月ぶりかの僕たちの家はなんだかなつかしい気がした。陽介のにおいがして、ホッとするのに、妙におちつかない。
「悠、何か顔が赤くないか? もしかして熱でもあるのか」
 陽介がかがんで、僕のおでこに自分のおでこをくっつけた。ふれられるとドキドキして、うまく息ができない。
「やっぱりちょっと高いな」
「陽介、あのね…僕」
心臓がドキドキしすぎて口から出てきてしまいそうだ。でも、ちゃんと伝えないときっと陽介には伝わらない気がする。
「ん、どうした?」
「僕ね、お父さんと一緒に住んでた時にだんだん考えることがおっくうになっちゃったんだ。考えなければ、お父さんの言う通りにしていれば、きっとそれで良いんだって。でも陽介の声が聞きたくなっちゃって僕、この前陽介に電話したんだ」
「ああ、やっぱり。あの時の電話、お前からだったんだ」
 どうしたらこのきもちを丸ごと伝えることができるんだろう。気持ちをうまく言葉にすることができなくて、泣きそうになる。
「陽介の声を聞いたらね、僕、自分の気持ちに気付くことができたんだ。陽介のいるうちに帰りたいって。お父さんの言う通りにして自分の気持ちもウソついても何もよくならないって」
「そっか…」
 顔を上げると、陽介が泣きそうな顔をしていた。
「陽介、ごめんなさい。僕、自分がその方が良いんだって思って、勝手に出ていっちゃって。僕がガマンすれば良いんだって、陽介の気持ちも考えずに行っちゃって、ごめんなさい」
あやまると、陽介は僕のこと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「俺もさ、お前がいないとこの部屋、こんなに静かで寒かったんだなあって思ってさ。いつの間にか、俺にとってお前がいるのが当たり前になってたんだなあ」
 同じきもちでいてくれたことが涙が出るほどうれしい。僕のきもちがちょっとでも伝わったことがすごくうれしい。 陽介が顔を見せてくれると、かがんでいる陽介の肩につかまって、つま先立ちになって、一生懸命身体をのばした。
 目の前にある陽介と目を合わせるとドキドキしてしまう。
「悠?」
 勇気を出して、陽介のほっぺたにキスをする。
「大好きだよ。陽介」
 自分のきもちが伝わりますように。そう願いをこめて伝えた。
 ふっと陽介が笑った。
「んだよそれ。外人かっつーの。…でも、俺もだぜ。悠」
「『おれも』って…?」
 思わず聞き返すと、顔を赤くした陽介が僕の髪をくしゃくしゃにした。
「だから、その、俺も好きだっつってんの!」
「え………ほんとに?」
「もう勘弁したげて。恥ずいだろ、この会話。ほら、寝る支度しろよ」
 そう言って陽介に背中を押されてしまった。
「ねえ、陽介ってば」
 本当に僕の気持ちが伝わったんだろうか。陽介も僕と同じ気持ちなんだろうか。
「お前、熱あるだろ。今日はフロは良いから早くパジャマに着替えて、あったかくして寝ろよ」
 陽介が僕のふとんをしいて、「早く」とせかすから、しかたなくパジャマにきがえてふとんの中にもぐった。
 陽介も僕が好きってことはもしかして、僕と陽介は恋人になったんだろうか。
聞きたかったけど、陽介はあちこちに電話をかけている。そのあったかい声が耳に気持ち良くて、おふとんも気持ち良くて、また眠くなってしまって聞けなかった。



「お休み。ゆっくり休めよ」
 空から陽介の優しい声が降ってきて、僕は深いねむりへと落ちていった。



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