七夕SS「短冊に願いをこめて」
2016/07/05(Tue)20:40
アナコン3で無料配布したペーパーです。(ちょっと手直ししてます)
本分は続きからどうぞ↓
短冊に願いを込めて
主人公(No name)×陽介
三年生の七夕の話
予備校の授業が終わって家に帰ると、リビングのテレビの電源を真っ先に入れるのが習慣になっている。今日も習慣通りにリモコンのスイッチを押すと、ニュース番組で中継映像が流れていた。全国各地の七夕祭りの様子をレポートしている。短冊や折り紙で作られた七夕飾り、それに笹の葉のグリーンがとても色鮮やかだ。冷蔵庫から麦茶を取り出して、飲みながらなんとはなしにそれを眺めた。
「そうか…今日だったな」
一週間ほど前、菜々子から色とりどりの紙の束が封筒に入って送られてきた。堂島家へ電話してみると、「おうちにある笹の葉っぱにかざるから、お兄ちゃんもかいてね!」と元気そうな声が返ってきた。
そこで油性ペンをとり、『世界平和』、『八十稲羽のみんなが元気で過ごせますように』、『菜々子のピアノがうまくなりますように』、『堂島さんの禁煙が成功しますように』と想いを込めながら書いておいた。最後にオレンジ色の短冊が一枚残った。その色に愛しい人の明るい髪色が連想されて思わず笑みが浮かんだ。そうして最後のお願いごとをゆっくり丁寧に書き、堂島家に宛てて封筒で投函した。
ぼんやりテレビ中継を見ながらそんな回想をしていたら、携帯電話の着信音が鳴った。ディスプレイを見ると、愛しい恋人からだった。テレビの電源を落として電話に出た。
「もしもし、陽介?」
浮ついた声になってしまわなかっただろうか。極力声のトーンを落とした。
『おー、今大丈夫か?』
電話越しの陽介の声が耳にくすぐったい。電話だと陽介は一層優しい声で話してくれる。いつまでも聴いていたくなる鼻にかかったような甘い声。
「ああ、大丈夫だ。…なんか、にぎやかな声が聞こえるな」
電話の向こうから複数の人たちの声が聞こえる。クマと完二、それにりせの声だろうか。
『今、堂島さんちで七夕パーティーやってるんだ。例のごとく女子どもが七夕のひし型ゼリーを作るとか言い出しちまって、完二と俺で全力で引き留めてるとこ。りせもこっちに帰ってきてるから余計になあ…』
「はは…目に浮かぶな」
きっと気合いの入った里中、天城、りせたちが台所で奮闘してるんだろう。
「……もしかして菜々子も一緒に料理を作ってたりする?」
『わりぃ…止めたんだけど、菜々子ちゃんも料理を覚えたいってやる気満々でさ。せめて直斗に教えてもらいなって言ったんだけど、それがかえって里中たちに火をつけちまったみたいで…』
「そうか……」
菜々子の味覚がおんちにおかしくなってしまう前にどうにかしないとな。思わず苦笑いが浮かんでしまう。
「でも…すごく楽しそうだな」
一年という短くも濃い期間を共に過ごした仲間達の声が電話の向こうから聞こえてくる。みんなが八十稲羽にいるのに、自分だけ違う場所にいるのがなんだか不思議でならない。この距離をもどかしいと思う。今すぐにでもみんなの傍に行きたい。
「夏休みが待ち遠しい」
『…だな。毎日のように話してるけど、やっぱ電話と実際会うのとじゃ全然違うもんな…』
ふっと耳のそばで吐息のような苦笑いが漏れ聞こえ、まるで耳に息を吹きかけられてるようで思わず心臓が跳ねる。陽介の声を耳元で聞けるのは嬉しいけど、やっぱりちょっとだけ心臓に悪い。
『あ、そういえばお前のお願い事、見たぜ。まさか俺と同じとは思わなかった』
「え…陽介も?」
陽介が指す願いごととは俺が一番最後に書いたオレンジ色の短冊だとすぐさま確信した。
『大学合格して陽介と暮らせますように』
陽介も同じ想いだった。それがたまらなく嬉しい。距離を越え、俺たちの想いはひとつに繋がっている。
「ふ…」
『ふはっ、やっぱ俺ら、相棒だな!』
「ああ」
くすぐったくなるような笑い声が回線を行き交っている。ただそれだけのことなのに心がこんなにほぐれていく。あたたかなもので満たされていく。
「今すぐ逢いたい?」
『え?』
「俺と早く逢いたい?」
なんて傲慢な問いかけ。そうは思っていても問わずにいられない。きっと答えはひとつなんだろうけど、陽介の言葉で今聴きたい。そんな気分なんだ。
『…ちょっと待ってろ』という声とともに、ガラス戸の音がする。おそらく外に出たんだろう。にぎやかな声が遠ざかっていく。
すると静けさの中で陽介の声が鼓膜に鮮明に飛び込んできた。
『…逢いたいよ、すっげー。今すぐにでも』
優しくて、あたたかくて、ちょっとだけ泣きそうな声。俺にだけくれる、特別な言葉。
胸の中で何かが満ちて、苦しいような、泣きたくなるような想いで胸をおさえた。
「俺も……逢いたいよ、陽介」
あふれそうな想いそのままに囁きかけた。どちらも言葉が出なくてただ無言のまま通話が続いた。
やがてちょっとかすれた声で陽介が言った。
『なあ、今、空って見れる?』
「うん?」
電話を片手に持ったまま窓サッシの向きを変えて隙間から空を見る。今日は一日曇っていた。都会の空ではそれでなくてもこの時期に星を見るのは難しい。真っ暗な雲がかかった夜空しか見えない。
『さっき菜々子ちゃんが言ってたんだ。離ればなれの俺たちがかわいそうだから、きっと織姫さまと彦星さまが願いを叶えてくれるよって。今日はあいにくの天気だけど、雲のむこう側には天の川が広がっていて、ふたりは年に一回、今日だけ出会えるって先生から習ったんだとさ』
年に一回なんて、絶対物足りない。俺だったら…いや、俺たちだったらどんな手段を使ってでも遭いに行ってしまいそうだ。
「そうか…うん、そうだな。きっと願いは叶う。俺たちがずっと同じ想いでいられたら、そのための努力を惜しまなかったら」
『おう!』
この空の元、陽介と距離は離れていても心はお互いのすぐ傍にある。そのことが何よりの励みになった。これからどんなことがあっても陽介が傍にいてくれるのならば何も怖くないと思える。力が湧いて、どんなことでも挑むことができるんじゃないかって思えてくる。
「そういえば、彦星と織姫が何で年に一回しか会えないのかって知ってる?」
『ん?………そういや、なんで?』
もともとは彦星も織姫も勤勉でまじめだった。だけどお互いに恋をして溺れるあまり、他のことが手につかなくなってしまった。大事な自分たちの仕事すら放棄してしまう。
「そうやって他のことまで疎かにしたからふたりは引きさかれてしまったんだ。そして会えなくなったら悲しみのあまり衰弱してしまったんで、仕方なく天の神様がまじめに本分をまっとうするならって条件付きで年に一回会えるようにしてあげたんだって」
陽介が苦笑いをした。
『なんか…俺たち、それ、教訓にしないとな…。受験勉強も…もし来年受かったとしてもさ』
「うん、俺も陽介が傍にいたら勉強どころじゃなくなっちゃうかも」
『だよなあ。俺も一緒にいたら、嬉しくてお前のことしか考えられなくなっちゃうもん』
可愛いことを言ってくれる。たまらず電話口にキスを落とした。
「今、お前に向かってキスをした。陽介もして」
『…ふえっ?な、な…』
「ほら、早く」
じっと耳を澄ましていると、しばらくしてガサガサっと乾いた音がした。
『……ハイ』
「え?今の音、そうだったの?」
あんまり可愛い音ではなかったな。そう素直に感想を述べると「お前がやらせたんだろッ!」とキレのいいツッコミが返ってきて思わず笑ってしまった。
その後、陽介が俺と電話していることに気づかれたらしく、クマやりせ、里中や天城、直斗と完二が次々に電話に出て押し合うようにして喋り始めた。
『ずるいクマ―!ヨースケばっかりセンセーとお話して!早く替わるっクマ!センセー!』
『ほんと、先輩にかけるといっつも花村先輩と電話して繋がらないんだもん!ほら、クマ、早く替わんなさいよ!』
『スピーカーボタンってこれ?やっほーリーダー、元気?』
『七夕ゼリー、完成したらそっちにも送るね?』
『や、天城先輩…それはやめときましょうぜ…死人が出ます』
『先輩、お久しぶりです。あの、菜々子ちゃんには普通の七夕ゼリーの作り方をきちんと教えるので任せてください』
最後に菜々子が『お兄ちゃん!』と嬉しそうな声で七夕ゼリーを作っていることを話してくれた。
『菜々子ちゃんはともかく、お前らは自分のケータイで電話しろっつーの!つか、近所迷惑だから家の中、戻れよ!ほらほら』
そう後ろで声が聞こえて、しばらくすると陽介が出た。
『あー…わりい。いつも通りまとまりない感じで』
「いや、みんなの元気そうな声が聞けたから俺も元気出たよ。菜々子のことも気にかけてくれてありがとう。遼太郎さんがいない夜とかひとりで大丈夫かって気になっていたから」
『菜々子ちゃんのことは俺らにまかせとけ。元気出たなら良かった。勉強も大事だけどさ、たまにはこうやって息抜きする時間も必要だしな。じゃあそろそろ切るな、また電話する』
「ああ」
そう言いながらお互いなかなか通話を切ることができない。苦笑いする気配を互いに感じながら、「今度こそ」と言ってゆっくりと通話を切るボタンを押した。
通話が切れて、それでもしばらく携帯電話のディスプレイから目を離すことができなかった。
きっと俺がひとりで根を詰めていないか心配して電話してくれたんだろう。そういう細やかな気遣いができる恋人が愛おしい。そっと胸の中で感謝した。
誰もいないリビングは冷蔵庫の音だけが響いた。両親ともこのところ仕事でビッグプロジェクトがあるらしく、最近は夜遅くに帰ってくることが多い。八十稲羽のみんなの楽しげな様子を知ってしまうと余計にこの静けさが気になってしまう。
不意にメールの着信音が鳴った。陽介からだった。さっき話したばかりなのに何だろう。
写真が添付されていた。オレンジの短冊とグレーの短冊が仲良く並んでいる。
『大学合格して陽介と暮らせますように』
『無事大学に合格して相棒と一緒に住みたい』
写真に添えられてる文章は「これ見て励みにする」。
思わず笑みが浮かんだ。
「…よし」
立ち上がって両手を上げて軽くストレッチして背筋を伸ばした。
みなそれぞれの道を歩んでいく。受験を控え、それぞれの進路を聞くと誰ひとり同じ道はないのだとひしひしと感じていた。だけど俺のかけがえのないひとが同じ目標をかかげて頑張っているのだ。負けてられないし、いつも陽介には先を行く俺の背中を頼もしいと思っていてほしい。そして陽介が疲れた時には肩にもたれて甘えてくれるような存在でありたい。
「頑張らないとな」
部屋に入って、学習机の上にテキストを広げた。
本分は続きからどうぞ↓
短冊に願いを込めて
主人公(No name)×陽介
三年生の七夕の話
予備校の授業が終わって家に帰ると、リビングのテレビの電源を真っ先に入れるのが習慣になっている。今日も習慣通りにリモコンのスイッチを押すと、ニュース番組で中継映像が流れていた。全国各地の七夕祭りの様子をレポートしている。短冊や折り紙で作られた七夕飾り、それに笹の葉のグリーンがとても色鮮やかだ。冷蔵庫から麦茶を取り出して、飲みながらなんとはなしにそれを眺めた。
「そうか…今日だったな」
一週間ほど前、菜々子から色とりどりの紙の束が封筒に入って送られてきた。堂島家へ電話してみると、「おうちにある笹の葉っぱにかざるから、お兄ちゃんもかいてね!」と元気そうな声が返ってきた。
そこで油性ペンをとり、『世界平和』、『八十稲羽のみんなが元気で過ごせますように』、『菜々子のピアノがうまくなりますように』、『堂島さんの禁煙が成功しますように』と想いを込めながら書いておいた。最後にオレンジ色の短冊が一枚残った。その色に愛しい人の明るい髪色が連想されて思わず笑みが浮かんだ。そうして最後のお願いごとをゆっくり丁寧に書き、堂島家に宛てて封筒で投函した。
ぼんやりテレビ中継を見ながらそんな回想をしていたら、携帯電話の着信音が鳴った。ディスプレイを見ると、愛しい恋人からだった。テレビの電源を落として電話に出た。
「もしもし、陽介?」
浮ついた声になってしまわなかっただろうか。極力声のトーンを落とした。
『おー、今大丈夫か?』
電話越しの陽介の声が耳にくすぐったい。電話だと陽介は一層優しい声で話してくれる。いつまでも聴いていたくなる鼻にかかったような甘い声。
「ああ、大丈夫だ。…なんか、にぎやかな声が聞こえるな」
電話の向こうから複数の人たちの声が聞こえる。クマと完二、それにりせの声だろうか。
『今、堂島さんちで七夕パーティーやってるんだ。例のごとく女子どもが七夕のひし型ゼリーを作るとか言い出しちまって、完二と俺で全力で引き留めてるとこ。りせもこっちに帰ってきてるから余計になあ…』
「はは…目に浮かぶな」
きっと気合いの入った里中、天城、りせたちが台所で奮闘してるんだろう。
「……もしかして菜々子も一緒に料理を作ってたりする?」
『わりぃ…止めたんだけど、菜々子ちゃんも料理を覚えたいってやる気満々でさ。せめて直斗に教えてもらいなって言ったんだけど、それがかえって里中たちに火をつけちまったみたいで…』
「そうか……」
菜々子の味覚がおんちにおかしくなってしまう前にどうにかしないとな。思わず苦笑いが浮かんでしまう。
「でも…すごく楽しそうだな」
一年という短くも濃い期間を共に過ごした仲間達の声が電話の向こうから聞こえてくる。みんなが八十稲羽にいるのに、自分だけ違う場所にいるのがなんだか不思議でならない。この距離をもどかしいと思う。今すぐにでもみんなの傍に行きたい。
「夏休みが待ち遠しい」
『…だな。毎日のように話してるけど、やっぱ電話と実際会うのとじゃ全然違うもんな…』
ふっと耳のそばで吐息のような苦笑いが漏れ聞こえ、まるで耳に息を吹きかけられてるようで思わず心臓が跳ねる。陽介の声を耳元で聞けるのは嬉しいけど、やっぱりちょっとだけ心臓に悪い。
『あ、そういえばお前のお願い事、見たぜ。まさか俺と同じとは思わなかった』
「え…陽介も?」
陽介が指す願いごととは俺が一番最後に書いたオレンジ色の短冊だとすぐさま確信した。
『大学合格して陽介と暮らせますように』
陽介も同じ想いだった。それがたまらなく嬉しい。距離を越え、俺たちの想いはひとつに繋がっている。
「ふ…」
『ふはっ、やっぱ俺ら、相棒だな!』
「ああ」
くすぐったくなるような笑い声が回線を行き交っている。ただそれだけのことなのに心がこんなにほぐれていく。あたたかなもので満たされていく。
「今すぐ逢いたい?」
『え?』
「俺と早く逢いたい?」
なんて傲慢な問いかけ。そうは思っていても問わずにいられない。きっと答えはひとつなんだろうけど、陽介の言葉で今聴きたい。そんな気分なんだ。
『…ちょっと待ってろ』という声とともに、ガラス戸の音がする。おそらく外に出たんだろう。にぎやかな声が遠ざかっていく。
すると静けさの中で陽介の声が鼓膜に鮮明に飛び込んできた。
『…逢いたいよ、すっげー。今すぐにでも』
優しくて、あたたかくて、ちょっとだけ泣きそうな声。俺にだけくれる、特別な言葉。
胸の中で何かが満ちて、苦しいような、泣きたくなるような想いで胸をおさえた。
「俺も……逢いたいよ、陽介」
あふれそうな想いそのままに囁きかけた。どちらも言葉が出なくてただ無言のまま通話が続いた。
やがてちょっとかすれた声で陽介が言った。
『なあ、今、空って見れる?』
「うん?」
電話を片手に持ったまま窓サッシの向きを変えて隙間から空を見る。今日は一日曇っていた。都会の空ではそれでなくてもこの時期に星を見るのは難しい。真っ暗な雲がかかった夜空しか見えない。
『さっき菜々子ちゃんが言ってたんだ。離ればなれの俺たちがかわいそうだから、きっと織姫さまと彦星さまが願いを叶えてくれるよって。今日はあいにくの天気だけど、雲のむこう側には天の川が広がっていて、ふたりは年に一回、今日だけ出会えるって先生から習ったんだとさ』
年に一回なんて、絶対物足りない。俺だったら…いや、俺たちだったらどんな手段を使ってでも遭いに行ってしまいそうだ。
「そうか…うん、そうだな。きっと願いは叶う。俺たちがずっと同じ想いでいられたら、そのための努力を惜しまなかったら」
『おう!』
この空の元、陽介と距離は離れていても心はお互いのすぐ傍にある。そのことが何よりの励みになった。これからどんなことがあっても陽介が傍にいてくれるのならば何も怖くないと思える。力が湧いて、どんなことでも挑むことができるんじゃないかって思えてくる。
「そういえば、彦星と織姫が何で年に一回しか会えないのかって知ってる?」
『ん?………そういや、なんで?』
もともとは彦星も織姫も勤勉でまじめだった。だけどお互いに恋をして溺れるあまり、他のことが手につかなくなってしまった。大事な自分たちの仕事すら放棄してしまう。
「そうやって他のことまで疎かにしたからふたりは引きさかれてしまったんだ。そして会えなくなったら悲しみのあまり衰弱してしまったんで、仕方なく天の神様がまじめに本分をまっとうするならって条件付きで年に一回会えるようにしてあげたんだって」
陽介が苦笑いをした。
『なんか…俺たち、それ、教訓にしないとな…。受験勉強も…もし来年受かったとしてもさ』
「うん、俺も陽介が傍にいたら勉強どころじゃなくなっちゃうかも」
『だよなあ。俺も一緒にいたら、嬉しくてお前のことしか考えられなくなっちゃうもん』
可愛いことを言ってくれる。たまらず電話口にキスを落とした。
「今、お前に向かってキスをした。陽介もして」
『…ふえっ?な、な…』
「ほら、早く」
じっと耳を澄ましていると、しばらくしてガサガサっと乾いた音がした。
『……ハイ』
「え?今の音、そうだったの?」
あんまり可愛い音ではなかったな。そう素直に感想を述べると「お前がやらせたんだろッ!」とキレのいいツッコミが返ってきて思わず笑ってしまった。
その後、陽介が俺と電話していることに気づかれたらしく、クマやりせ、里中や天城、直斗と完二が次々に電話に出て押し合うようにして喋り始めた。
『ずるいクマ―!ヨースケばっかりセンセーとお話して!早く替わるっクマ!センセー!』
『ほんと、先輩にかけるといっつも花村先輩と電話して繋がらないんだもん!ほら、クマ、早く替わんなさいよ!』
『スピーカーボタンってこれ?やっほーリーダー、元気?』
『七夕ゼリー、完成したらそっちにも送るね?』
『や、天城先輩…それはやめときましょうぜ…死人が出ます』
『先輩、お久しぶりです。あの、菜々子ちゃんには普通の七夕ゼリーの作り方をきちんと教えるので任せてください』
最後に菜々子が『お兄ちゃん!』と嬉しそうな声で七夕ゼリーを作っていることを話してくれた。
『菜々子ちゃんはともかく、お前らは自分のケータイで電話しろっつーの!つか、近所迷惑だから家の中、戻れよ!ほらほら』
そう後ろで声が聞こえて、しばらくすると陽介が出た。
『あー…わりい。いつも通りまとまりない感じで』
「いや、みんなの元気そうな声が聞けたから俺も元気出たよ。菜々子のことも気にかけてくれてありがとう。遼太郎さんがいない夜とかひとりで大丈夫かって気になっていたから」
『菜々子ちゃんのことは俺らにまかせとけ。元気出たなら良かった。勉強も大事だけどさ、たまにはこうやって息抜きする時間も必要だしな。じゃあそろそろ切るな、また電話する』
「ああ」
そう言いながらお互いなかなか通話を切ることができない。苦笑いする気配を互いに感じながら、「今度こそ」と言ってゆっくりと通話を切るボタンを押した。
通話が切れて、それでもしばらく携帯電話のディスプレイから目を離すことができなかった。
きっと俺がひとりで根を詰めていないか心配して電話してくれたんだろう。そういう細やかな気遣いができる恋人が愛おしい。そっと胸の中で感謝した。
誰もいないリビングは冷蔵庫の音だけが響いた。両親ともこのところ仕事でビッグプロジェクトがあるらしく、最近は夜遅くに帰ってくることが多い。八十稲羽のみんなの楽しげな様子を知ってしまうと余計にこの静けさが気になってしまう。
不意にメールの着信音が鳴った。陽介からだった。さっき話したばかりなのに何だろう。
写真が添付されていた。オレンジの短冊とグレーの短冊が仲良く並んでいる。
『大学合格して陽介と暮らせますように』
『無事大学に合格して相棒と一緒に住みたい』
写真に添えられてる文章は「これ見て励みにする」。
思わず笑みが浮かんだ。
「…よし」
立ち上がって両手を上げて軽くストレッチして背筋を伸ばした。
みなそれぞれの道を歩んでいく。受験を控え、それぞれの進路を聞くと誰ひとり同じ道はないのだとひしひしと感じていた。だけど俺のかけがえのないひとが同じ目標をかかげて頑張っているのだ。負けてられないし、いつも陽介には先を行く俺の背中を頼もしいと思っていてほしい。そして陽介が疲れた時には肩にもたれて甘えてくれるような存在でありたい。
「頑張らないとな」
部屋に入って、学習机の上にテキストを広げた。
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No.193|主花SS|Comment(0)|Trackback