ラフレシ庵＋ダブルメガネ

主人公(暁 透流)が告白して付き合うことになったふたり。
丸喜の赴任期間が終了する日、ふたりは抱き合うが、丸喜の態度に暁は別れを予感する。ストーリー、コープ、エンディングネタバレ注意。主人公の両親捏造有。
一部pixivで掲載した内容有（今回の本のために大幅修正しています）。

2020.8.22発行/A5/72p/￥700/R18

※８月２０日以前のお申込みの場合、２１日の発送予定となります。同時に他の既刊を注文した場合、そちらの本も同日発送となりますのでご注意ください。

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Ｒ１８部分はこのブログでは掲載不可のため、見たい方はpixivをご覧ください。



　夏休みが終わる頃、双葉が皆に慣れるよう少人数で遊んだり、海に行ったりと過ごしていたので、デートはプラネタリウムでの一回きりとなってしまった。
　結局俺が怒った理由を丸喜はわからなかった。理由を電話で訊ねられ、「もっと自分を大事にしてほしい」と言葉では伝えたが、いまいちピンとこないようで、思わず丸喜に聞こえるくらい大きなため息をもらしてしまった。怒ってはいないけど、やっぱり腹が立つと伝えると、「それって、やっぱり怒っているよね？」と苦笑いが返ってきた。
　その後もメッセージでのやりとりはあったものの、向こうは研究で忙しいし、こちらも怪盗団としてオクムラパレスに潜入していた。その後奥村氏が亡くなって、完全に黒幕に踊らされていたことがわかり、更に明智に学園祭で脅されて、窮地に立たされていた。保健室で話すことはあっても、ゆっくりふたりで過ごす機会は持てそうになかった。
「逢いたい…」
　ルブランのカウンターテーブルにスマートフォンを目の前に置き、ぼんやりと眺めた。つい最近、この席に座っていた丸喜を思い出す。
　本人は研究への糸口を見つけて、一目散に帰っていった。どうせなら俺の部屋でゆっくりして欲しかったのにという下心はあった。だけど、そういう研究熱心なところも丸喜らしくて、後でかかってきた電話口であまりにも息を切らしていたから笑って許してしまった。
　その時、丸喜が研究しているのが認知訶学と知って、胸がざわついた。双葉のお母さんが誰かの陰謀によって亡き者にされたのなら、丸喜も例外ではないんじゃないだろうか。
　まだ精神暴走事件の犯人も見つかっていない。丸喜は個人的に研究を進めているようだし、研究をしていることを知っている人間は少ないと思うが、命を狙われるようなことがなければ良いのだが。
　それになぜ、丸喜は俺が修学旅行でいなかった時にわざわざルブランに訊ねて来たのだろうか。水面下で何か起こっているのではないかと心配になってしまう。
　聞きたいけれど、認知訶学について知っていることを漏らすと、藪蛇で自分たちが怪盗団であることがばれてしまうおそれがある。
「丸喜…」
　今日は放課後に保健室へ行ったら、部屋の前で他の生徒たちに囲まれていて喋ることができなかった。ただ、俺に気づいた丸喜が笑いかけてくれて、自分だけが特別な気がして嬉しかった。
他の生徒からも人気があるのは知っていたし、皆が心を寄せる気持ちもわかる。だから自分にだけ丸喜の研究を手伝うというきっかけを与えてくれたことを感謝している。そのことでより丸喜の本質が見えてきた。
　こちらから強引に迫って付き合うことになったという自覚はある。普段ならもっと紳士的な態度をとることができるのに、丸喜相手にはどうしてかうまくいかない。我儘を言ったり子どもっぽい態度をとってしまう。
　丸喜と話していると心がくすぐったくて、ふわりと包まれたような優しい気持ちになる。優しい声も、くるくる変わる表情も見ていて飽きない。ただ、研究について話す丸喜だけはどこか危うさを孕んでいて目が離せない。
　丸喜は研究を完成させるため、日夜熱心に取り組んでいる。自分が話したことが役に立ったのは嬉しいけれど、取り憑かれたように研究と向き合っている丸喜を見ると少し不安にもなった。どうしてそこまで研究に没頭するのかを思うと、息がうまくできなくなる。
「留美さんのこと、まだ好きなのかな…」
　つい先日、ビュッフェでご飯をした時、丸喜の友人である渋沢さんと偶然会った。俺たちの関係を疑った渋沢さんに対し、丸喜は「そんなんじゃないよ」と明るく笑った。未成年の俺との付き合いを否定するのは当然のことかもしれないけれど、それだけじゃない気がする。
　渋沢さんとの会話がきっかけで、丸喜はカウンセリングの時に留美さんのことを話してくれた。留美さんのことを今もまだ想っているのだろうか。どこか線が引かれている気がするのは留美さんのことが忘れられないからじゃないかという気がした。
　人々の心を救おうと心を砕いて研究に取り組んでいる。そのくせ自分のことには無頓着で、自分の身体を差し出すような真似をする。丸喜に自覚はないのだろうけど、ある種のいびつさを抱えた人間に思えた。



　そうしてニイジマパレスを攻略しながら慌ただしく二学期を過ごしているうちに、あっという間に丸喜の赴任期間の最終日となった。体育館で声をかけたかったけれど、たくさんの人に囲まれていて、話せなかった。
　すると廊下で丸喜が声をかけてくれて、自分だけ特別扱いして昼に食事を奢ってくれた。一緒に食べた上天丼はとても美味しかった。学校で会うのは今日で最後だと思うと、何だか涙が出そうになって、眼鏡が湯気で曇ったのはちょうど良かった。
　会話の途中で、俺たちが怪盗団であることを最初から知っていたことを打ち明けられて、少なからず驚いた。なぜ今まで打ち明けてくれなかったのかと思ったが、研究を第一にしている丸喜を見てきたから打ち明けなかった理由についても納得した。
「もうすぐ昼休み…終わっちゃうね」
　まるで一緒に過ごす時間を名残惜しいように丸喜は言った。丸喜は睫毛を伏せた。
「あのさ……この後って時間ある？ あ…いや、授業があるよね…」
　そわそわとした様子で、丸喜が俺を窺っている。
「なに？」
　もしかして、前みたいにデパ地下のクッキーでも準備してくれたんだろうか。あの時も同じように保健室前で似たような感じで誘われて、何かエッチなお誘いかと期待しながら保健室に一緒に入った。そしてクッキーを見せられて自分はどれだけ子ども扱いされているのかとガックリしてしまったものだ。
「…君に食事だけじゃ恩返しできたとは思えなくて。何を一番喜んでくれるんだろうって考えてね…」
　こちらを窺いながら言いよどんでいる様子についつい期待してしまいそうになる自分がいる。どうせまた菓子か何かだろう。そう思い直したところだった。
　不意に丸喜が立ち上がって、白衣を脱いだ。
「その…君が夏休みに逢った時に言ったから。僕を『抱きたい』って。…だから、その。準備してきたんだ…」
　その言葉に、思わず丸喜を凝視した。夢でも見ているんだろうか。あるいは自分の聞き違いじゃないだろうか。だって、こんなの都合が良すぎる。
「あ、いや、今はもうそんな気じゃないって言うんだったら全然良いんだけど…ぅわっ？」
白衣を着直そうとしているところへ、タックルするようにぶつかって、丸喜を抱きしめていた。
「丸喜……！」
　丸喜は顔を真っ赤にして狼狽えている。その赤くなっている可愛い頬にキスをした。
「好きだ」
　言葉にして伝えると、丸喜の睫毛が震えた。
　どうしようもなく好きだ。どうしてか理由ならいくらでもつけられる。笑顔が可愛くて、俺や他のみんなを大事に思っていて、いつも研究熱心で、おっちょこちょいで。
　だけどそれのどれもが後付けで、ただ丸喜のことばかり考えて、愛しくて、抱きしめたくなる。悲しみを力に変えようとしている姿を見ていたら、たまらない気持ちになる。
「本当に丸喜の処女、もらっても良いのか？」
　耳元でそっと訊ねると、丸喜は耳まで赤くした。
「しょ、処女なんて…素敵なものではないと思うけど。…君にあげられるものがあるなら、全部もらってほしいんだ」
　そう言って、少し緊張した面持ちで微笑んだ。
　ゆっくりと手を繋いで、一緒に奥にあるベッドへと移動し、カーテンで囲った。部屋に鍵がついてないから少し心配だけど、入る前にカウンセリング中という札を貼っていたから当分は人が来ないだろう。
　丸喜はベッドに脱いだ白衣を敷いた。これなら汚れても簡単に洗えると思ったんだろう。
　一緒にベッドに腰かけると、丸喜は苦笑いした。
「これって職権乱用かな」
「丸喜がうちの生徒に元気を与えてくれた追加報酬だと思えば良いんじゃないか」
「ふふ。そっか」
　鼻筋と鼻筋を合わせると、キスしたいのにお互いのメガネが邪魔に感じる。
　丸喜のメガネを外そうとすると、丸喜が首を振った。
「君の顔が見えなくなるのは嫌だな」
　その言葉にぐっと来て、丸喜のメガネを外すのはやめた。代わりに自分のメガネだけ放り投げた。
「あれ、君は見えるの？」
「伊達なんで」
「え…そうなのかい？」
　丸喜がまじまじと俺の顔を見ている。素顔が珍しいのだろう。頬が上気していて、ゆるく開いた唇に目が釘付けになる。
　メガネに当たらないように角度をつけて、唇と唇をやさしく触れ合わせた。丸喜が目を瞑ってくれて、それだけで興奮する。思わず握ったままの手に力がこもる。
　何度も重ね合わせているうちに、丸喜の瞼がうっすら開いた。何か言いたげな顔をしているので、名残惜しいけど唇を離した。
「…本当に、授業、大丈夫？」
　心配そうに訊ねられて、頷いた。
「次の授業はさぼっても大丈夫なのだから」
「君の学力は優秀だって聞いているから心配ないとは思うけど。本当にごめんね」
「謝らないでください。共犯なんですから」
　丸喜は目を丸くして、楽しそうに口角を上げた。
「悪いコトをするのって、ドキドキするね」
　垂れ目がちな瞳がこぼれ落ちそうで、キスしながら優しく目元に触れた。形をたどりたくて耳たぶや耳殻に触れる。緩やかなウェーブを描く髪に触れ、頭の形をなぞる。


（中略）





　彼のうちで夕飯を頂いた後、ふたりで外に出て、星を見るために高台にある公園まで散歩した。大きなバッグを肩にかついでいるので中身を尋ねると、彼は「お楽しみだ」と唇に弧を描いて微笑んだ。
　ゆっくりと夜の帳が降りていく。うだるような夏の暑さも風が吹くと、少しは和らいでいく。
歩いていると酒で身体が火照っていたのが少し落ち着いてきた。
「はあ…」
「疲れた？」
「ううん。ちょっと君のご両親に刺激を与え過ぎちゃったかなって思ってね」
すると彼は胸を張った。
「大丈夫。この俺を産んで育てた両親だから」
「ははっ。君のそういうところ、面白いなあ」
　高台のてっぺんにあるベンチに一緒に座った。街が夕闇に沈んでいく様が一望できて気持ち良い。
「わあ…綺麗だね」
「良い街ですよ。まあ、たまに獅童みたいなヤツもいますけどね」
　今思うと、僕たちがそれぞれ獅童と因縁があったのも、その僕らが出会えたのも偶然とは思えない。
「…僕と君が出会えたのも何かの導きによるものなのかな…」
　呟くと、彼は小首を傾げた。
「何かしら介入はあったかもしれませんね」
　そう言いながら、誰かを思うように遠くを見た。
「俺たちを出会わせることで何かしら化学反応が起きるかもしれない…そうやって導かれたのかもしれません」
　彼は僕の手を取って、握りしめた。
「出会いはどうであっても、俺たちは自分たちの意思で後悔のない道を選んで来た。そう思いませんか？」
「うん…君の言う通りだね」
　神と呼ばれる存在に導かれて集い、道筋を用意されたのかもしれない。けれど、その上でやってきたことは全部、自分たちの意思だ。決して悔いはない。
　今までのことも。そしてこれからのことも。
「あのね。聞いてほしいことがあるんだ」
「うん？」
　彼が不思議そうに顔を傾けていた。
「この前、留美に会いに行ったんだ」
　彼は目を大きく見開き、僕を見たまま浅く頷いた。緊張した面持ちだ。
「僕の力が解けた後、彼女が両親のことを思い出して苦しんでいるんじゃないかって思ってね。心配で様子を見に行ったんだ」
「………どうでした？」

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