【主丸SS】チョコレートの口直し
2021/02/14(Sun)09:29
バレンタインデーの主丸デートの小話。
主人公(大学1年生)とモルガナと丸喜の3人暮らし設定です。
ネタバレは含みません。
非番の日の朝、カウンターテーブルの席でニュースを見ながらトーストをかじっていると、彼が言った。
「今日は非番なんですよね。バレンタインデーだし、せっかくだからどこかに出掛けませんか?」
「うん、いいよ。どこに行く?」
「杏がここのチョコレートドリンクがすごく美味しかったって言っていたんです」
彼はスマホを操作して、画面を見せてくれた。
銀座の一角にあるチョコレート専門店だ。そういえば、この前テレビでも紹介されていた。
「ただ、バレンタインデーってことで混むかもしれないので、仕事で疲れてたら無理しなくて良いですよ」
「構わないよ。行列に並んでいても、君と話していれば退屈しないしね」
隣で丸くなってくつろいでいたモルガナ君がくあああと大きな口を開けてあくびした。
「モルガナ君も一緒にどうかな?」
そう誘うと、モルガナ君はヤレヤレと呆れたような声をあげた。
「バレンタインって好きなヤツに愛を伝える日なんだろ? お前らについていくほどオレはヤボじゃないぜ」
そう言って、ベンチから降りると、「今日はゴシュジンの世話になってくる」と言ってお風呂場の中に入っていった。いつもモルガナ君が好きなときに外へ出られるよう、お風呂場にある小窓を少しだけ開けている。そこから通じる廊下へと出て、階段を降りて街へと繰り出しているらしい。
ルブランにも歩いていける距離なので、時折顔を出してはマスターからご飯をもらっているそうだ。
モルガナ君の姿が見えなくなって、ふたりで顔を見合わせた。
「気を遣わせちゃったかな」
「どうかな。今日は杏たち女性陣がルブランに集まるって言ってたから。杏が目当てかも」
「そっか。それなら良かった」
モルガナ君にとっても甘い香りのする一日となったら僕も嬉しい。
朝ご飯を食べ終えると、簡単に身支度を整えて、ふたりで電車に乗ってでかけた。
チョコレート専門店は予想通り混んでいて、店の外の行列の一番最後尾に行くと、店のスタッフに30分待ちだと告げられた。
女性客やカップルのお客さんが多い中、男ふたりは目立っているようで、後ろからヒソヒソと囁かれたり視線を感じて少し気恥ずかしい。
「僕達、すごいスイーツ好きに思われているかもね」
そう伝えたら、透流君は「そういう見方もあるか」と、意外そうに相づちをうった。
そして僕の肩に自分の肩をくっつけた。
「俺としてはちゃんとカップルだって思われたら嬉しいです」
「……そうか。うん、そうだね」
端から見て僕達はカップルに見えるだろうか。同性だし、年の差もあるわけで。
どういう関係に見えるだろうか。兄弟? それとも先輩と後輩? 援助交際とかお金の関係だと疑われたらちょっと傷つくな。
「それにしても君がチョコレートに興味あるって少し意外だったな」
普段甘いものを食べているのを見ないから。そう伝えると、透流君はきょとんと目を丸くした。
「いえ、俺は特に。丸喜が甘いもの好きかなって」
「え? 僕、そんなこと言ったっけ?」
「丸喜、料理は甘辛いタレが好きだから。甘いものが好きなのかなって」
そう言われてみれば確かにしょっぱいよりは甘辛い味付けが好きな気がする。僕のことをよく見ているんだと感心してしまう。
「それに、疲れている時に甘いものをとると癒されますしね」
「僕のためだったんだ……。ありがとう、透流君」
思わず近くにあったその手をとってぎゅっと繋ぐと、少し驚いた透流君が僕を見て、ふわりと微笑んだ。そして今度は彼の方が繋いだ手の指の位置を変えて、恋人繋ぎにした。
そしてお互いに顔を見た。
「何だかこういうの、改めてやると照れるね」
「そうですね」
外であまり手を繋いだりしないので、ふたりで何だか気恥ずかしくなって笑いがこみ上げてくる。
行列がすすみ、ようやく店の入り口まできた。
「大変お待たせしました。二名様ですか?」
女性の店員さんに声をかけられて、「はい」と伝えると、店員さんはなぜか僕たちが手を繋いでいるのを見た。
そして「すぐにご案内します」と言われてしばらく待っていると、店員さんがやって来て、店内に案内された。
「こちらの席をお使いください」
案内された席はカップルで座れる二名掛けのシートで。ふたりで見合わせて笑った。
「カップルって思われたみたいだね」
「ああ」
手を繋いでいたから、わかりやすかっただけかもしれない。それでも、僕たちが恋人だとわかってもらえたのがなんだかとても嬉しかった。
その後、注文してやってきたチョコレートドリンクはカカオがふわりと香って、こってりと濃厚で、とてもとても甘かった。
飲み終わって店の外に出てから、お互い苦笑いが浮かんでいる。そういえばこの店は甘いもの好きの高巻さんのお薦めだったことを今更ながら思い出した。
「チョコレートドリンクなんて初めて飲んだよ。鼻血が出そうなくらい甘いかった!」
「本当に。なんだか口直し、したくなりませんか?」
顔をすこし傾けて、少し切羽詰まったような声でそう尋ねられて、ドキリとした。
どういう意味だろう。どうしてか、透流君の整った形の唇から目が離せない。
何だかすごく、透流君とキスしたい気分だ。
「……うん。僕も口直し、したいな」
「よし、行こう」
透流君に性急な感じで腕を引っ張られて、ついていく。いつもはもっと紳士的なのに、その強引さにドキドキしてしまう。
さっき乗った駅へと逆戻りして、電車を乗り継いで、足早に家に帰りついた。
透流君は無言で、キッチンに立って手を洗った。
家に帰ったらそのままキスされるのかな。そう思っていたから、背中を向けられてもどかしい気分になる。 すると透流君は湯を沸かしはじめ、上の棚からコーヒー豆を取り出した。
「あ……!」
口直しってそういうことか。勘違いしていた自分が恥ずかしくて、急に顔が熱くなってくる。
「丸喜?」
自分の異変に気がついたのか、透流君が振り返り、僕の様子を窺っている。
「ごめん……口直しって、その。……キスのことかと思って」
恥ずかしいけど正直にそう伝えると、透流君は目を大きく見開いた。そして僕の元までやって来て、妖しく微笑んだ。その瞳から目が離せない。
「俺とのキスじゃ口直しになりませんよ」
「え……?」
「だって。俺とのキスはもっと甘いですから」
そう言って、肩に手をおかれた。ゆっくりと僕の好きな顔が近づいて、ずっと欲しかった唇が与えられて、思わずほうっと息を吐いた。
その唇は、その舌は、さっき飲んだばかりのチョコレートと、なぜかコーヒーの入り混じった香りがした。どうしてだろう。さっきはチョコレートドリンクしか頼まなかったのに。
甘くて、ほろ苦くて、濃厚で、とろけそうなくらい気持ちよくてクセになりそうで、その味を確かめるように、舌触りを楽しむように、何度も何度もキスをした。
「はい、どうぞ」
カウンターの席に座っていると、キッチン側から湯気のたつコーヒーを手渡された。
「ありがとう」
ゆっくりと口にした。彼の煎れてくれるコーヒーは美味しくて、どこかホッとする。
「うん……美味しい。やっぱり君が煎れてくれるコーヒーが一番好きだな」
コーヒーを飲んでいるうちに、チョコレートドリンクで甘くなっていた口が、正常に戻っていくのを感じる。
すると彼がベンチに腰掛けて、隣から片肘をついて下から覗き込んでくる。
「『口直し』、できましたか?」
意地悪く笑われて、また顔が熱くなってしまう。
「もう……その話題は勘弁してほしいな」
「ふふ」
彼は元の姿勢に戻って、自分の分のカップを手に取って、コーヒーの香りを愉しんでからひと口、コーヒーを口にした。
ついつい、さっきキスしたばかりの唇に目がいってしまう。彼とのキスはコーヒーの香りがした。
毎日煎れてくれるからだろうか。彼からはコーヒーの香りがする。その香りが、味が、もうすっかりクセになってしまった。
「丸喜?」
またぼんやりと思考のループに陥っていたんだろう。コーヒーを飲みながら彼が僕を見ている。
尋ねられて、「うん」と答えた。
「君のまとう香りや味が、僕にとっては一番落ち着くんだなあって思ったんだ」
すると透流君がコーヒーを飲みかけてむせた。
「っ…、……あんまり可愛いこと言うと、襲いますよ」
「え?」
透流君の顔が少し赤い。手が伸びてきて、頬に触れられて。その手のひらの熱さが気持ちよくて、思わず目を瞑りそうになる。けれど今はまだ。
「うん。コーヒーを最後まで飲み終わったら、ね?」
笑いかけると、透流君の顔はいっそう赤くなった。
結局そのコーヒーは冷めてから飲むこととなった。
主人公(大学1年生)とモルガナと丸喜の3人暮らし設定です。
ネタバレは含みません。
非番の日の朝、カウンターテーブルの席でニュースを見ながらトーストをかじっていると、彼が言った。
「今日は非番なんですよね。バレンタインデーだし、せっかくだからどこかに出掛けませんか?」
「うん、いいよ。どこに行く?」
「杏がここのチョコレートドリンクがすごく美味しかったって言っていたんです」
彼はスマホを操作して、画面を見せてくれた。
銀座の一角にあるチョコレート専門店だ。そういえば、この前テレビでも紹介されていた。
「ただ、バレンタインデーってことで混むかもしれないので、仕事で疲れてたら無理しなくて良いですよ」
「構わないよ。行列に並んでいても、君と話していれば退屈しないしね」
隣で丸くなってくつろいでいたモルガナ君がくあああと大きな口を開けてあくびした。
「モルガナ君も一緒にどうかな?」
そう誘うと、モルガナ君はヤレヤレと呆れたような声をあげた。
「バレンタインって好きなヤツに愛を伝える日なんだろ? お前らについていくほどオレはヤボじゃないぜ」
そう言って、ベンチから降りると、「今日はゴシュジンの世話になってくる」と言ってお風呂場の中に入っていった。いつもモルガナ君が好きなときに外へ出られるよう、お風呂場にある小窓を少しだけ開けている。そこから通じる廊下へと出て、階段を降りて街へと繰り出しているらしい。
ルブランにも歩いていける距離なので、時折顔を出してはマスターからご飯をもらっているそうだ。
モルガナ君の姿が見えなくなって、ふたりで顔を見合わせた。
「気を遣わせちゃったかな」
「どうかな。今日は杏たち女性陣がルブランに集まるって言ってたから。杏が目当てかも」
「そっか。それなら良かった」
モルガナ君にとっても甘い香りのする一日となったら僕も嬉しい。
朝ご飯を食べ終えると、簡単に身支度を整えて、ふたりで電車に乗ってでかけた。
チョコレート専門店は予想通り混んでいて、店の外の行列の一番最後尾に行くと、店のスタッフに30分待ちだと告げられた。
女性客やカップルのお客さんが多い中、男ふたりは目立っているようで、後ろからヒソヒソと囁かれたり視線を感じて少し気恥ずかしい。
「僕達、すごいスイーツ好きに思われているかもね」
そう伝えたら、透流君は「そういう見方もあるか」と、意外そうに相づちをうった。
そして僕の肩に自分の肩をくっつけた。
「俺としてはちゃんとカップルだって思われたら嬉しいです」
「……そうか。うん、そうだね」
端から見て僕達はカップルに見えるだろうか。同性だし、年の差もあるわけで。
どういう関係に見えるだろうか。兄弟? それとも先輩と後輩? 援助交際とかお金の関係だと疑われたらちょっと傷つくな。
「それにしても君がチョコレートに興味あるって少し意外だったな」
普段甘いものを食べているのを見ないから。そう伝えると、透流君はきょとんと目を丸くした。
「いえ、俺は特に。丸喜が甘いもの好きかなって」
「え? 僕、そんなこと言ったっけ?」
「丸喜、料理は甘辛いタレが好きだから。甘いものが好きなのかなって」
そう言われてみれば確かにしょっぱいよりは甘辛い味付けが好きな気がする。僕のことをよく見ているんだと感心してしまう。
「それに、疲れている時に甘いものをとると癒されますしね」
「僕のためだったんだ……。ありがとう、透流君」
思わず近くにあったその手をとってぎゅっと繋ぐと、少し驚いた透流君が僕を見て、ふわりと微笑んだ。そして今度は彼の方が繋いだ手の指の位置を変えて、恋人繋ぎにした。
そしてお互いに顔を見た。
「何だかこういうの、改めてやると照れるね」
「そうですね」
外であまり手を繋いだりしないので、ふたりで何だか気恥ずかしくなって笑いがこみ上げてくる。
行列がすすみ、ようやく店の入り口まできた。
「大変お待たせしました。二名様ですか?」
女性の店員さんに声をかけられて、「はい」と伝えると、店員さんはなぜか僕たちが手を繋いでいるのを見た。
そして「すぐにご案内します」と言われてしばらく待っていると、店員さんがやって来て、店内に案内された。
「こちらの席をお使いください」
案内された席はカップルで座れる二名掛けのシートで。ふたりで見合わせて笑った。
「カップルって思われたみたいだね」
「ああ」
手を繋いでいたから、わかりやすかっただけかもしれない。それでも、僕たちが恋人だとわかってもらえたのがなんだかとても嬉しかった。
その後、注文してやってきたチョコレートドリンクはカカオがふわりと香って、こってりと濃厚で、とてもとても甘かった。
飲み終わって店の外に出てから、お互い苦笑いが浮かんでいる。そういえばこの店は甘いもの好きの高巻さんのお薦めだったことを今更ながら思い出した。
「チョコレートドリンクなんて初めて飲んだよ。鼻血が出そうなくらい甘いかった!」
「本当に。なんだか口直し、したくなりませんか?」
顔をすこし傾けて、少し切羽詰まったような声でそう尋ねられて、ドキリとした。
どういう意味だろう。どうしてか、透流君の整った形の唇から目が離せない。
何だかすごく、透流君とキスしたい気分だ。
「……うん。僕も口直し、したいな」
「よし、行こう」
透流君に性急な感じで腕を引っ張られて、ついていく。いつもはもっと紳士的なのに、その強引さにドキドキしてしまう。
さっき乗った駅へと逆戻りして、電車を乗り継いで、足早に家に帰りついた。
透流君は無言で、キッチンに立って手を洗った。
家に帰ったらそのままキスされるのかな。そう思っていたから、背中を向けられてもどかしい気分になる。 すると透流君は湯を沸かしはじめ、上の棚からコーヒー豆を取り出した。
「あ……!」
口直しってそういうことか。勘違いしていた自分が恥ずかしくて、急に顔が熱くなってくる。
「丸喜?」
自分の異変に気がついたのか、透流君が振り返り、僕の様子を窺っている。
「ごめん……口直しって、その。……キスのことかと思って」
恥ずかしいけど正直にそう伝えると、透流君は目を大きく見開いた。そして僕の元までやって来て、妖しく微笑んだ。その瞳から目が離せない。
「俺とのキスじゃ口直しになりませんよ」
「え……?」
「だって。俺とのキスはもっと甘いですから」
そう言って、肩に手をおかれた。ゆっくりと僕の好きな顔が近づいて、ずっと欲しかった唇が与えられて、思わずほうっと息を吐いた。
その唇は、その舌は、さっき飲んだばかりのチョコレートと、なぜかコーヒーの入り混じった香りがした。どうしてだろう。さっきはチョコレートドリンクしか頼まなかったのに。
甘くて、ほろ苦くて、濃厚で、とろけそうなくらい気持ちよくてクセになりそうで、その味を確かめるように、舌触りを楽しむように、何度も何度もキスをした。
「はい、どうぞ」
カウンターの席に座っていると、キッチン側から湯気のたつコーヒーを手渡された。
「ありがとう」
ゆっくりと口にした。彼の煎れてくれるコーヒーは美味しくて、どこかホッとする。
「うん……美味しい。やっぱり君が煎れてくれるコーヒーが一番好きだな」
コーヒーを飲んでいるうちに、チョコレートドリンクで甘くなっていた口が、正常に戻っていくのを感じる。
すると彼がベンチに腰掛けて、隣から片肘をついて下から覗き込んでくる。
「『口直し』、できましたか?」
意地悪く笑われて、また顔が熱くなってしまう。
「もう……その話題は勘弁してほしいな」
「ふふ」
彼は元の姿勢に戻って、自分の分のカップを手に取って、コーヒーの香りを愉しんでからひと口、コーヒーを口にした。
ついつい、さっきキスしたばかりの唇に目がいってしまう。彼とのキスはコーヒーの香りがした。
毎日煎れてくれるからだろうか。彼からはコーヒーの香りがする。その香りが、味が、もうすっかりクセになってしまった。
「丸喜?」
またぼんやりと思考のループに陥っていたんだろう。コーヒーを飲みながら彼が僕を見ている。
尋ねられて、「うん」と答えた。
「君のまとう香りや味が、僕にとっては一番落ち着くんだなあって思ったんだ」
すると透流君がコーヒーを飲みかけてむせた。
「っ…、……あんまり可愛いこと言うと、襲いますよ」
「え?」
透流君の顔が少し赤い。手が伸びてきて、頬に触れられて。その手のひらの熱さが気持ちよくて、思わず目を瞑りそうになる。けれど今はまだ。
「うん。コーヒーを最後まで飲み終わったら、ね?」
笑いかけると、透流君の顔はいっそう赤くなった。
結局そのコーヒーは冷めてから飲むこととなった。
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No.310|主丸SS|Comment(0)|Trackback