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ラフレシ庵+ダブルメガネ


【主花】黒に視界を染めて

2023/06/04(Sun)22:30

ツイッターの主花版深夜の創作60分一本勝負」企画に参加させていただきました。
お題「シャドウワーカー」




 相棒は今頃俺が会社で仕事していると思ったんだろう。部屋へ入ると、大きく目を見開いた。
 俺の予想通り、相棒は特殊な素材を使用した黒いスーツを身につけ、黒いネクタイを締めている。そして同じ色の手袋をはめいている。長い手足や整った容姿を憎らしいほど引き立てる制服を身にまとい、相棒は俺の横をすり抜けて廊下に出た。俺の顔を見ず、背中を向けたまま「行ってくる」と告げた。

 現実の世界にもシャドウはいる。そう知ったのはテレビの中だけではなく八十稲羽全体を巻き込むような事件が起こった時だった。ラビリスやかけがえのない仲間たちと巡り会い、八十稲羽が被害に遭って、彼らの問題を人ごとだとは思えなかった。だから俺たちは美鶴さんの活動に協力している。
 正式に所属しているわけではないが、何かあった時責任をとるためにと美鶴さんは俺たちに制服と名刺を手渡してくれた。組織に属することはなくても情報を得るのに有用であれば制服を着たり組織の名前を遠慮なく使ってほしいと言ってくれた。
 それから俺たちはいくつもの事件を解決してきた。

 なのに、いつからだろう。相棒は美鶴さんから得た情報を俺たち特捜隊に相談しなくなった。どうやら何かの事件に関わっているらしく、何度も疲労困憊の様子で家に帰ってくるようになった。
 相棒の肌に目に見える傷はない。けれどペルソナ能力を使った後の疲労感を抱えていることは確かだ。この様子じゃどうせ回復魔法や蘇生道具を使って無理矢理に乗り切っているんだろう。
「相棒。待てよ」
 スーツに身を包んだその肩を掴んだ。相棒は無表情に俺を見た。
「時間がない。行かせてくれ」
「そうやって自分が犠牲になればいいと思ってるのかよ!」
 美鶴さんやラビリスから情報を引き出そうとしても相棒から口止めされているらしく、申し訳なさそうな顔で断られてしまった。直斗も情報収集してくれていたけれど、桐条を探ることで桐条と公安の関係がさらに悪化するような事態は避けたいため、程々で切り上げてもらった。
「俺たちが事件を解決した時のことを思い出せよ。敵がどんどん強くなって、でも頼もしい仲間がいたから道を切り拓いていけた。そうだろ?」
 相棒は無言を貫いた。わかっているのだろう。ひとりで解決することの難しさも、孤独に戦い続けることのつらさも。
「俺の知らないところでお前に何かあったら……俺は……死ぬほど後悔するんだよ!」
 小西先輩という大切な人を亡くしている。その悔しさや悲しみを相棒は知っているから、無闇に命を投げ出すような行動はしないって信じている。
 それでも不測の事態が起こらないとも限らない。
 きっとこうなったのは俺たちの関係が変わってしまったことが原因だ。時期的にもそれがきっかけだとしか思えない。
「……俺たち、恋人になんてならない方が良かったのかもな」
 過去をなかったことにはできない。わかっていても口に出さずにはいられなかった。
「陽介……!」
 その時ようやく相棒が俺の目を見た。その瞳には強い怒り、悲しみ、そして狂おしいほどの愛情があふれている。
 何となく高校の時から相棒の気持ちには気づいていたけれど、一歩引いてあくまで相棒として振る舞っていた。
 だけど気持ちに気づいていたのは俺だけじゃなかった。俺自身も相棒が大好きで不純な気持ちも抱えていたことを、相棒もやっぱり見透かしていた。
 相棒に気持ちを告げられたらもう流させるしかなかった。変わらず相棒として対等でありたかったけれど、相棒が恋人として俺を大切に扱うようになって、それから変化が訪れた。
 おそらく特捜隊の他のメンバーにも何も告げないでシャドウワーカーの仕事をするようになったのは他から俺へ情報が漏れないようにするためだ。
「そんなことを言わないでくれ……。お前を危険にさらしたくないんだ」
 相棒は黒いスーツの中に俺を抱きしめて閉じ込めた。
「お前が俺を守りたいって気持ちはわかる。けど、お前の背中、守りたいって俺の気持ちは尊重してくれねえの?」
 そう胸の中で問いかけても、相棒は答えてくれない。
「なあ。相棒」
 いつか言わなくちゃいけない。こんなアンバランスな関係、やめなくちゃいけない。そう思っても口にできなかった。怖かった。相棒を失うのが。一緒にいるとこんなに幸せで、こんなに愛しくて。なのに別れを告げなくちゃいけないなんて、胸が引き裂かれるような思いがした。
 泣きそうな気持ちで顔を上げた。ちゃんと顔を見て、きちんと告げよう。
 うまく呼吸ができない。震える唇で言葉を紡いだ。
「俺たち、……ッ」
 空気を奪われて、続きはかたちにならなかった。
 唇を強く押しつけられて、熱で強引に溶かされた。壁に押しつけられて背中が擦れて痛い。掴まれた肩もひどく軋む。
 非難の視線を向けて、初めて相棒が泣きそうな顔をしていることに気がついた。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 視線が、急いた吐息が、強ばった唇が、そう悲鳴を上げているように思えて、俺は何も言えなくなってしまった。俺だって気持ちは同じだから。
 身動きがとれず、ただ相棒の黒いスーツに視線を落とし、真っ暗闇な視界の中で力なく手をだらりと下ろした。

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No.316|主花SSComment(0)Trackback

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